求められる心理職の役割|アルコール依存症の治療

はじめに

皆さんは、薬物と聞いて何を思い浮かべますか?

合法的な依存性薬物の一つが、アルコールです。20歳以上なら、誰でもいつでも気軽に買うことができ、飲酒を楽しめます。しかし、これから紹介するようにアルコールには危険な側面もあります。

2004年には全世界で約250万人がアルコール関連で死亡し、世界の全死亡者の3.8%を占めました1)。また、アルコールの乱用および依存は、自殺関連行動(自殺既遂、自殺未遂、自殺念慮)と関連し、多量飲酒も自殺のリスクを高めるとされています2)

2013年、日本でアルコール依存症の診断基準を満たす者は、生涯アルコール依存の推計数で107万人(男性94万人、女性13万人)、調査時点では57万人と推定されました(2013年人口からの推計値)3)。一方で、アルコール依存症の治療を受けている者は8万人と推定され、ほとんどが治療に結びついていないと指摘されています4)

アルコール依存症とは?

一言でいえば、「飲酒のコントロール障害」です。

飲酒を繰り返していると、「脳」はアルコールに快楽を覚え、その快楽を得ようと「脳」はアルコールを求めます。

「今日は1杯だけにしよう」「この時間やこの状況では飲まないようにしよう」「休肝日を作ろう」「断酒をしよう」などと自分で固く決意したとしても、自分の意志では飲酒をコントロールできなくなります。お酒が切れたときは強い飲酒欲求が生じ、お酒をどうにかして手に入れようとします。重症化すると手の震えや幻覚などの離脱症状が生じることがあります。

持続的な飲酒の影響は、身体(転倒によるけが、肝硬変)や精神(うつ、イライラ)、家族(家庭内暴力、離婚)、社会(法律違反、失業)など多肢にわたって問題を生じさせます。身体的な病気の悪化あるいは事故、自殺によって最終的に死亡率が高くなる精神疾患です。

しかしながら、お酒の問題を抱えている当事者は、その病識・問題意識が低いことが多いです(ゆえに否認の病ともいわれています)。これが、受診率の低さや治療中断率が高くなる一要因となっています。

アルコール依存症の治療

アルコール依存症の治療、すなわち断酒継続に大切なこととして、伝統的に「抗酒剤・自助グループ・通院」の三本柱が知られています。

抗酒剤とは、一時的にお酒を全く受け付けない体質にする薬です。シアナマイド(R)とノックビン(R)があります。

抗酒剤以外では、2013年に断酒補助剤のレグテクト(R)、2019年に飲酒量低減薬のセリンクロ(R)が発売され、近年になってやっと治療薬が増えました(いずれも商品名)。

自助グループとは、当事者同士のセルフヘルプグループのことです。主にAA(Alcoholics Anonymous)と断酒会があり、酒害など自らの体験を共有します。

病院退院後に1回でも自助グループに参加した人の場合の2年後断酒率は57%、自助グループに一切参加しなかった場合は27%という調査結果からもわかる通り、とりわけ自助グループ参加の重要性が指摘されています5)

通院治療は、医療機関によって多少の差があります。たとえば近年では、受診や治療継続のハードルを下げるために節酒外来が新設されはじめました。

アルコール依存症デイケアの取り組みの一つを紹介します。

一般的にデイケアは、社会復帰につなぐ場として機能し、教育プログラムとミーティングを行う場合が多いです。教育プログラムとは、主に認知行動療法の理論に基づき、再飲酒を予防するために具体的にどう考え行動していくかに焦点を当てたワークです。ミーティングとは、酒害など自らの体験談を話し、他者の体験談を聴くことによって、再飲酒を予防し、アルコール依存症からの「回復」を試みる集団療法です。

なお、当事者の家族支援も重視されています。それは、一番近くにいる家族は当事者の問題行動に振り回されやすく、また家族だからこそ「何とかしたい」という気持ちが強いため巻き込まれやすくなり、家族が疲弊してしまうことが多いからです。

アルコール依存症の回復とは?

「ただ断酒を継続することではない」といわれています。回復とは、「酒がなくても満足できる新しい自分に変わっていくこと」。

すなわち、自分自身に対するイメージや、他者や状況に対する見方、感じ方が変わることで、お酒がない新しい人生に、新しい意味や価値を見出すことだと提唱されています6)

他職種が心理職に対して求めること

筆者が勤めていたアルコール依存症専門外来を有する精神科クリニックでの意見を紹介します。

山崎千穂 医師
治療場面においては、依存症に至る背景、さまざま葛藤に対してフォーカスを当てる機会が少ないと思っています。病前性格や背景を扱うことが役立つと思われるケースには心理職の早期介入が大切だと考えます。

また、アルコール依存症者の家族が受診しているケースは、むしろ診療よりもカウンセリングベースの方がよいのではないかと感じています。

重黒木一 看護師
アルコール依存症は関係性の病ともいわれています。患者さんたちから私たち医療者がどのように見られているかを推察すると、どう関わるべきかが垣間見えてきます。

つながりにくい対人関係の溝をどう埋めていくか。それには受容や共感の中で関係性の出発を図っていく。その中で、患者さんと共に回復の糸口を探っていくのが心理職の主な役割だと思っています。

アルコール依存症の治療における心理職の役割

アディクションに対する心理療法やカウンセリングは、初心者では困難事例になりやすいといわれています。また、個人療法だけでは不十分であり、集団療法との併用、自助グループなどの関連団体やコミュニティとの連携が望ましいとされています7)

実際の医療現場でも、心理職が1対1で関わる個人療法は少なく、集団療法および他職種とのチームでの関わり、行政機関・民間回復施設・自助グループなどとの連携が重要です。

こうした中でも、とりわけ「回復」のプロセスや家族に寄り添う「存在」として、心理職は専門性を十分に発揮できると思います。

アルコール依存症の治療のやりがい

筆者の5年間の体験を振り返ってお話しします。

正直、当初は回復の実感や、やりがいを感じることは難しかったです。それは、関わっていても再飲酒することが多く、また酩酊状態で暴れられたり、大声で怒鳴られたりすると、「関わりたくない」といった陰性感情に巻き込まれることもあったからです。このような感情は、当事者の家族のみならず医療者側も抱くことが多く、効果的な治療を妨げる一要因とされています8)

しかしながら、臨床経験を重ねるにつれ、徐々に信頼関係を築かれてくると、「回復」への変化が垣間見られる瞬間があります。陰性感情に巻き込まれたなど困難だったケースほど、その人の「回復」が実感できると、やりがいは大きく感じられます。

2013年、日本ではアルコール健康障害対策基本法が制定され、依存症治療全国拠点の選定などが行われました。

依存症に対する医療提供体制は整備されつつありますが、まだまだ専門医療機関は多くなく、相対的にそれに関わる心理職も少ないのが現状です。心理職になりたての場合は、ハードルが高く感じられるかもしれません。

しかし今後、心理職のニーズが見込まれる領域であり、また経験を積めば積むほど、心理職の中でも依存症に対応できる点で希少な存在になることができ、専門性も高められると思います。

心理職の雇用を増やすためにも、心理職は積極的に社会のニーズを把握し、一つの学派や理論にこだわらない柔軟な思考で患者さんに対応することが求められます。臨機応変に他職種や地域と連携し、専門性をさらに高めていきましょう。

 

引用文献・参考文献
1) World Health Organization.アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略.樋口進ほか監訳.2010.http://alhonet.jp/pdf/who2010.pdf(2020年6月閲覧)
2) 松本俊彦ほか.アルコールと自殺.精神神経学雑誌.111(7),2009,829-36.
3) 尾崎米厚.アルコールの疫学:わが国の飲酒行動の実態とアルコール関連問題による社会的損失.医学のあゆみ.254(10),2015,896-900.
4) 尾崎米厚.平成25年度分担研究報告書 わが国の成人の飲酒行動に関する全国調査2013年:2003年、2008年全国調査との比較.厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究.2014.
5) 松本俊彦ほか.SMARPP-24物質使用障害治療プログラム.東京,金剛出版,2015,179p.
6) 米沢宏.“どうやって回復を推し進めるか”.アルコール依存症の治療と回復:慈友クリニックの実践.新貝憲利監修.東京,東峰書房,2002,141-54.
7) 福島哲夫.“心理療法やカウンセリングの適用の限界”.公認心理師 必携テキスト.福島哲夫責任監修.東京,学研メディカル秀潤社,2018,357-61.
8) 世良守行.“アルコール依存症看護の基本”.事例でわかるアルコール依存症の人と家族への看護ケア:多様化する患者の理解と関係構築.重黒木一ほか編.東京,中央法規,2019,2-40.
 
(文・構成/臨床心理士・公認心理師 阿相周一)
 


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