がん研有明病院腫瘍精神科での公認心理師の取り組み|求められる心理職の役割

公益財団法人がん研究会 有明病院
腫瘍精神科 公認心理師・臨床心理士
厚坊浩史

はじめに

がん研有明病院は東京都臨海副都心に位置するがん専門病院であり、手術、化学療法(抗がん剤)、放射線療法の症例数が非常に多い、ハイボリュームセンターです。

私は今年(2020年)4月から、当院の腫瘍精神科で勤務しています。これまで総合病院でキャリアを積んできましたので、それと絡めてこの分野における公認心理師の醍醐味をお伝えできたらと思っています。

がんの治癒率は年々向上しているものの、依然としてわが国の死亡原因第1位であるのも事実です。がんへの罹患は生命や健康、寿命や最期を意識する十分な理由になります。当たり前に毎日が続くことを疑わずに生きていても、急な病気により生活は一変します。これは心理的な危機的状況とも言えますが、人生観や価値観を違う角度から見つめるきっかけになることもあります。

腫瘍精神科の役割

当院の腫瘍精神科には、精神科医2名、公認心理師2名が所属しています。

腫瘍精神科の守備範囲は、
①がんになることで揺らぐ心理(例:病名・病状説明後の動揺など)
②がんになることで再燃するこころの課題(例:がん罹患により精神症状や心理的課題が再燃したなど)
③がんになることで生じる器質的変化(例:脳腫瘍による行動変化、電解質異常によるせん妄など)
の状態に陥った患者さんへの薬物療法、カウンセリング、心理教育、環境調整などです。

がんに特化した精神医学・心理学を「Psycho-oncology(サイコオンコロジー)」と言います。

サイコオンコロジーの役割は、精神的なつらさにより治療が遂行できない、療養が難しい、生活に支障があるといった問題を解決できるように取り組むことです。腫瘍精神科に所属する心理師は、心理学的知見を生かし、患者さんの精神症状のアセスメント、心理社会的苦痛のアセスメントへのアプローチ、また主治医を含めたメディカルスタッフへのコンサルテーションを行います。

特に時間をかけて患者さんの性格特性や生活歴、ストレスコーピングのアセスメントができることは公認心理師の存在意義に直結するところです。

また、当院では公認心理師が新患の予診を行い、薬物療法と心理療法のウェイトを判断して腫瘍精神科医へ報告するシステムをとっています。薬物療法の適応についてある程度の判断ができることが求められていますし、心理療法の限界と期待される効果を即座に判断する能力も必要です。

がんは生命を脅かす疾患であるが故に、生きることへのエネルギーを奪うこともあります。治療に期待する中で思うような効果が出ないとき、副作用がつらいとき、生きる意味を見失う患者さんもおられます。抑うつ症状が強い希死念慮であれば腫瘍精神科医と協働しますが、実存的な苦痛であれば公認心理師が力を発揮できます。

まず、希死念慮は「死ねることを考えたとき、一時的に気持ちが安らぐことがある」と伝えることで、希死念慮を抱く罪悪感を軽減します。そして、その奥にある絶望の正体を少しずつ見ることで、少しずつ絶望への対峙方法を探索します。運命だと受容しようとする患者さんも、なぜ?と探索する患者さんもおられます。いずれも苦しい作業ですが、多くの迷いや探索を経て、患者さんが「もう少し生きてみようか」と思われたとき、患者さんにとっては喜びを感じます。

腫瘍精神科自体が非常に珍しく、どこの医療機関にもあるわけではありません。当院の腫瘍精神科は、他院でがん治療を受けている患者さんや家族も受診可能にしています。都内はもちろん、他県や関東以外から来院される患者さんもおられます。

コンサルテーション・リエゾン活動

私たちが対応するのは患者さんだけではありません。

例えば、病名や厳しい状況であることを知り、動揺して一日中涙を流す患者さんがいるとします。私たち精神医療の専門家にとって、つらいことに対してしっかりと悲しむことが大切なのは自明です。ですが、患者さんの担当の医療スタッフや家族からすると、「こんなに泣いていて大丈夫だろうか」と心配になることもあります。

このような場合に、「患者さんの周囲にいる方」の不安を和らげるアドバイスを行うことを「コンサルテーション・リエゾン活動」といいます。

「これは自然な反応ですよ」「確かに気になるので、一緒に経過を見ていきましょう」といった声掛けにより、精神医療の専門職と協働する安心感を提供します。周囲の理解が進んだとき、それは患者さんにとって味方が増えていることを意味します。

当院のような精神科がメインではない施設において、この活動は大変やりがいがあり、有効であると日々実感しています。

ここで心理師が介入したケースを紹介します。

40代女性で、初期の乳がん告知後、気持ちの動揺が大きくパニックを起こすようになり、腫瘍精神科へ紹介されました。主治医は治療への励まし、看護師は見守りとケアの充実、腫瘍精神科医は不安への投薬、公認心理師は不安への心理教育とコントロール法の探索を行いました。また薬剤師は「不安のお薬を飲んでいるとこころの病気になった気がする」と患者さんが訴えたことに対して、「多くの人がお薬の力を借りている」と安心させる言葉がけをしました。

このようにプロセスは異なりますが、私たちが願うのは患者さんの幸福です。背中を押す人、見守る人、具体的な解決策を教える人、どれもが正解です。それぞれの持ち味で患者さんのこころと向き合うことが大事です。

こころは、精神科医や公認心理師だけがみるものではなく、全職種が関わる部分だと痛感しています。

がんの患者さんのカウンセリング

がんを患うことは、少なからず生命を脅かされることにつながります。もちろん予後の良いケースもあり、全員が当てはまるとは限りません。

がんにより、「人生は有限である」と意識することで人生の価値観が変わる体験をする方がいます。当たり前と思っていたことが、実は当たり前ではないと気づいたとき、人間は動揺しつつも限られた時間を有意義に過ごすことに注力します。それは人生を主体的に生き、取捨選択ができるようになるといった成長につながるのではないか、と思います。

ただ、自身が思い描いていた未来を手放す、形を変えることを受け容れるプロセスをたどらなくてはなりません。その悲嘆・喪失を否定・批判されたり、何かの価値観を強要されたりすることなく、安全に、充分に悲しみ、心の傷を少し癒やしてもらうことも有効なカウンセリングです。

当院では、外来だけでなく、入院中も希望に応じて病室や病棟に出向き、話を聴ける体制をとっています。

チーム医療

腫瘍精神科スタッフは「がん治療支援緩和チーム」のメンバーとしても活動しています。

緩和ケア診療加算で施設基準となっているチームの構成職種は、身体症状担当医、精神症状担当医、専従看護師、薬剤師です。公認心理師は必須ではありませんが、当院ではカンファレンスや病棟回診に帯同しています。

緩和チームのメインターゲットは「痛み」ですが、意識障害、認知機能低下、希死念慮、不安・不眠といった精神・心理的症状もターゲットになります。薬物療法はもちろん、非薬物療法を検討する際も、各専門職の得意分野を活かすことで「支援の工夫・コツ」が見えてくることも多くあります。

例えば認知症があり、痛みの訴えに対して適切な反応が得られない場合、心理師は認知機能検査を行い、残存機能を活かしたケア(聴覚と視覚の使い分け、記銘力保持可能な時間を逆算し、声掛けのタイミングを割り出すなど)を提供します。このような取り組みが患者さんのQOL・ADL向上につながったとき、望外の喜びを感じます。

がん領域で働きたいと思っている公認心理師へ

現在、腫瘍精神科のマンパワーは決して多いとは言えません。ただ、スタッフ1人1人の守備範囲は非常に広い自負があり、実際に多くの多彩な症例を受け入れています。

公認心理師にとって、がん領域の「コンサルテーション・リエゾン活動」はまだなじんでいません。ただ、このダイナミクスを味わえること、役割と達成感を味わえることは非常に大きな醍醐味です。

現在、当院の腫瘍精神科は1日の見学のみ受け入れています。実習は多くの方からお申込み頂き、現在は受け入れを行ておりません。見学に興味のある方は、ぜひ下記まで問い合わせください。

■お問い合わせ先■
〒135-8550 東京都江東区有明3丁目8-31 公益財団法人がん研究会 有明病院
腫瘍精神科 公認心理師・臨床心理士 厚坊浩史
TEL 03-3570-0111
Mail kobo-psy@umin.ac.jp

 

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