【連載:わたしのヒストリー】川の流れのように

社会福祉法人恩賜財団済生会横浜市東部病院
心理室 臨床心理士
梶村廣子

何になろうか迷いつつ

高校1年時は看護師になろうと考えていましたが、小さいころから体が弱かったので体力の必要な看護師の仕事は諦め、次に興味のあった美術大学に進学しました。

卒業後、やりたいことが特になかった私は、親が経営する電気会社に入社し経理を担当しました。とても小さな会社だったので、仕事内容は経理のみならず多岐にわたっていました。親の会社に勤めるということは予想以上に厳しく、利益がなければ給料が出ないことを痛感し、どうすれば売り上げが上がるのかを考える日々でした。

数年働き、経営学を学ぶ必要性を感じていたころ、たびたび、ある社員Aさんの考えかたが理解できずに困る出来事がありました。Aさんは、単純な説明なら理解できるのですが、複雑な説明になると何度口頭で伝えても理解してくれませんでした。しかし、当時の私には何が起こっているのか、どうすればよいのかわからず、何度も同じように説明していました。

「Aさんの頭の中の回路はどうなっているのだろう?」「どう説明すれば理解してもらえるのだろう?」と悩み、人の考えかたや心理について興味を持ちはじめました。仕事をする上で人間関係や会社風土は非常に大切なので、経営学と同様に心理学を学ぶことで、得るものがあるかもしれないと考えるようにもなっていました。

さらにちょうど同じころ、友人を通してアートセラピーという領域があることを知りました。それは美術と心理学が融合した分野で、美術を用いて人の考えかたや感情を理解しようとするものです。

これまで学んだ美術を生かし、人の心理について考えることができるならばぜひ学びたいと思い、アートセラピーの本場である米国の現場を見学したいと考えるようになりました。

渡米、そして心理士になることを決意

渡米先では、精神的な治療として美術を取り入れている所にボランティアとして参加しました。そこでは患者さんが各自作品を制作しており、上手か下手かは関係なく、作り手の感情や考えがダイレクトにこちらに伝わってきます。上手に描こうとする姿勢とは全く異なり、自分の感じたことを大切に創作している姿に衝撃を受けました。

自分もアートセラピーを体験してみると、不思議なことに頭で考えている以上に作品は多くを語ることを知り、これまで気付かなかったさまざまな感情に触れることができました。

そしてこのとき、アートセラピーを学ぶには臨床心理学、精神医学を学ぶ必要があること、日本ではまだよく知られていない領域のためすぐに働ける機会は少なく、まずは心理士としてキャリアを積むほうがよいことを知り、帰国しました。将来、心理士の資格を取って働こうと決意したのはこの時期です。

心理士として歩み出して

帰国後、心理系の大学院で学び、卒業後は公立中学校や定時制高校のスクールカウンセラーを経て、現在の総合病院で働いています。

当院の心理士は常勤で7名おり、精神科、小児科のみならずさまざまな診療科から依頼を受け、心理検査や心理面接を行っています。心理検査には多くの種類がありますが、検査を通してその人の感情や考えかたの特性を理解しようとすることは興味深く、心理学に興味を抱いたきっかけである、Aさんのことで悩んでいた原点に通じる気がしています。

また、精神科病棟では、集団で行う制作活動を担当しています。若い人から高齢者まで入院しているので、各自が制作できる内容を決めることは容易ではありません。しかし、たとえば「折り紙で鯉のぼりを作りましょう」というように、季節感を意識して計画を立てています。

制作途中や作り終えたときの感想を聞き、さらに作品を眺めていると、その人らしさを垣間見ることができます。美術作品はとかく上手下手で捉えがちですが、そうした批評は避け、どのような気持ちで作ったのか、患者さんの感じたことを大切にしていきたいと思っています。

川の流れのように

心理学を学びはじめたころ、「心理士としての資質は何か?」という学生の質問に、ある大学教員は「どこまでがふつうなのかを知っていること」と答えていました。

患者さんと話していると相談内容に夢中になるあまり、患者さんの発言が「普通の範囲」の話なのかどうか、客観的にみることができなくなるときがあります。そのようなときは一呼吸おき、これまでの経験を思い出しながら考えることにしています。

今まで随分回り道をしてきましたが、それがかえって役立っていると感じます。

初めからなりたいものが決まっていて、それに向かって歩む人もいれば、ぼんやり考え、試行錯誤しながら歩む人もいるでしょう。みなさんはどうでしょうか。私はまさに後者で、言ってみれば川に流れている小石のように感じることもあります。川の流れは穏やかなこともあれば、時に急流のこともあるでしょう。

今後どのような流れが待ち受けているかわかりませんが、それもまた出会いの一つと捉え、日々歩んでいきたいと思っています。

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