働く人のメンタルヘルスを守るために心理士ができること(前編)|産業領域の先駆者 森崎美奈子先生に聞く

少子化が進むなか、企業においても社員が心身ともに健康で働ける環境を整備することの重要性が高まっている。個別のメンタルサポートだけでなく、ストレスチェックの結果を集団分析し組織運営に提言するなど、産業分野で働く心理職の役割は多様化している。今回、産業領域の心理職のパイオニアである森崎美奈子先生に、産業分野における心理職の役割や期待についてうかがった。前編では、森崎先生と産業領域とのかかわりを、後編では、心理職に期待することを取り上げる。

 

―― はじめに、産業領域の心理職の先駆者として、森崎先生が企業とどのようにかかわってこられたのか教えてください。
森崎 私が産業保健スタッフとして企業に入社した1985年ごろは、大手企業が福利厚生の一環として職場内に診療所やクリニックを設置していた時代でした。いうなればミニ診療所ですね。従業員の心身の調子が優れないとき、仕事を休むことなく診療を受けられるようにという福祉厚生の施策でありました。そこには、内科医や精神科、看護師、カウンセラーが勤務していました。一方、労働行政からは安全衛生法に則した活動が求められていましたので、健康管理室としての機能を持つ施設もありました。ここで再認識しておかなければならないことは、福利厚生としての社内診療所の制度と、安全衛生法としての社員の健康を守る制度は全く別のものであるということです。しかし、多くの企業では人員(専門職)確保の観点から、それぞれの施策を分けて行うことは難しく、社内診療所の医師が産業医を兼任するケースが珍しくありませんでした。

しかし、私が産業領域に勤務し始めた時期は、福利厚生としての医療的サポートと、労働安全衛生面のサポートはきちんと区別するべきとの流れが強まっていました。

 

―― 産業領域(分野)の心理職をされていた当初は、安全衛生に携わる心理職が少なかったようですが、苦労されたことや、悩んだことなどはありましたか。
森崎 今振り返ってみると「苦労」とか「悩み」ではなかったと思います。労働現場への好奇心がそれらを上回っていたようです。当時、私が抱いたのは、「企業内に安全衛生に携わる心理職がいないということは、心理職の役割がないということである」との思いです。それなら、自分から産業保健スタッフにかかわっていかなければと思いました。

力を貸してくださったのは産業医の先生方でした。安全衛生活動としてのメンタルヘルスサポートにはどのような仕組みが必要で、これから何をやっていけばよいかを、一緒に考えていきました。どちらかといえば、「仕組みがないのであれば、自分たちで自由につくっていけばよいのではないか」と前向きに捉えていましたね。それが苦労といえば苦労だったのかもしれません。

また、学会を通じて出会った方や、学会での学び、外部の企業の方からの影響も受けていたと思います。さまざまな職種の方々と連携していきました。

 

―― 各所や多職種との連携によって協力体制を構築されていったのですね。当初、社内はどのような状況でしたか。
森崎 当時の東芝には工場や支社が全国に約30カ所ありましたが、それらのすべての産業保健スタッフにお会いしました。看護職が産業カウンセラーについて学び、カウンセラーの役割を担っている事業場もありましたが、ほとんどの事業場の看護職の方々は労働安全衛生的な視点よりも医療的な視点に軸足を置いていたと思います。

また、支社や工場などの各拠点で別々な支援体制であり、横のつながりが希薄でした。医療のみ提供する看護師がいたり、労働衛生も兼務する看護師がいたり、とさまざまでした。そこで、会社レベルで統一した仕組みづくりをしていきました。

 

―― どのような仕組みでしょうか。
森崎 従業員をサポートするそれぞれの役割や立場、企業から期待されていること、社会の現状などを情報交換しながら、産業保健の今後の展望や労働衛生について勉強していく仕組みを構築しました。本社での半期に1回の定例的な看護職研修会の設置です。その折に、従業員が入社してから何十年と寄り添えるのは看護職にしかできないことなど、看護職の重要性・役割も伝えていきました。この研修会活動を通して地方の情報を得ることもできましたね。今でも、当時勉強会に参加してくださった皆さんとつながっています。

 

―― ほかにはどのようなことを組織に働きかけていたのでしょうか。
森崎 「管理職をメンタルヘルス活動のキーマンにしよう」という活動です。職場の労働衛生活動推進のキーマンはもちろん管理職でしたが、メンタルヘルス活動でもキーマンになってもらう働きかけを行いました。部下のメンタルヘルスは労務管理の一環であるとして、管理職向けに「リスナー教育」を全国で展開しました。リスナー教育は、今でいうラインケアに近いのですが、より深いところまで学んでもらうものでした。日々の部下の様子を知っている管理職だからこそきめ細やかなかかわりができる。いざというときは医師や看護職がバックアップするという仕組みをつくっていきました。管理職の方々に、部下のメンタルヘルスは「他人事」ではなく「自分たちの仕事」であると認識してもらいたかった。

また、管理職をリスナー研修のトレーナーに養成することも同時に行っていきました。トレーナーとなった管理職がほかの管理職へ研修する。研修を受けた管理職は次にそれを部下に伝えていくといった仕組みです。企業における心理職の仕事は「職場の仲間づくり」なのです。

 

―― 専門職だけに限らず、管理職を巻き込んでいかれたのですね。従業員の方とかかわる中で、印象に残っているエピソードはありましたか。
森崎 ある管理職の方が、「自分らしい生き方をみつけることができました」と言って、退職されました。管理職向けのトレーナー教育を受け、「自分はエンジニアとして生きていくことが本当の目的ではなかったことに気がついた」と話されて……。それを聞いたとき、私は「よかったわね、あなたの人生が開けて」と言いつつも、会社の立場としては本当によかったのかしら……と、今でも思い出します。組織からすると有望な人材を辞めさせてしまったとも見えるので、複雑な思いでしたね。

 

―― その方の「個」としての人生としてはよかったのでしょうけれど……複雑ですね。
森崎 そうなのですよね、「個」としては研修が非常に役立ったのだけれど、組織としては有望な人材を辞めさせてしまったとも見えるので複雑な思いでしたね。まだ私も勤めたばかりのころでしたから、従業員にとってより良いサポートのための施策や仕組みづくりに励んだ結果だったので、「一人の『個』にとっては幸福でも組織としては……」と考えてしまいましたね。

 

―― 「個」と「組織」にとって必ずしも良いサポートが同じ方向性とは限りませんね。
森崎 それでいうと、もう一人印象に残っている方がいます。大手企業での、入社研修後に心身に不調をきたした新入社員のケースです。本社研修の後、心身の不調を訴え、面談を依頼されました。その新入社員は実際に優秀で、その方自身も優秀だと自負があったのだと思います。しかし地方出身の方で、いざ本社に来てみたらほかのメンバーがいかに優秀かに気づいてショックを受けた。しかも親族や友人が近くにおらず非常に寂しかったようでした。私は企業側に、「地元に近い勤務地で、周囲のサポーティブな環境があれば人材として育成できるのではないか」と面談内容とともに今後の会社対応へのフィードバックをしました。本来は、個人的な理由で配属先を決めるわけにはいかないですから、地元への異動はイレギュラーなことだったのです。

結果的に、この対応はよくなかったと私自身、後で気づくことになります。つまり、その新入社員には、自分の立場や状況(現実)を、入社したその時点でシビアに考えてもらう必要があったのです。依存的な面をもつ方だったので、そのとき保護しすぎたことが、その後にも影響してしまいました。1年たっても「このような大きな企業でやっていく自信がない。でも大企業だから守ってもらえる」とその社員は話されました。

このように、サポートする体制を安易につくることが良いとは限りません。必要以上に職場で個人を受け止めてサポートするのではなく、早い時点で人生選択をさせる必要もあるのではと考えるようになりました。

心理職を続けてきて、多くの方との出会いを通して「この方にとって良い生き方はなんだろう」と考えるたびに、この新入社員のことが頭に浮かびます。

 

―― 学生のころ、先生からこの話を聞かせていただきましたが、今、自分も企業の心理職をしているので、当時とは異なる思いを抱きました。企業において、心理職は正しい答えが分からないのですね。
森崎 そうなのですよね。答えは分からないものです。どちらがよかったのだろうと。少し臨床心理領域的な話ですけれど、臨床心理士は、悩まれている方に寄り添いすぎるところがあります。私も産業領域の心理職として何十年もたちますが、いまだに「私のかかわりは本当によかったのか、どうすればよかったのだろう」と悩む日もあります。

 

―― 先生が仰っていたように、私も「個」と「個」にかかわる自分と、産業領域の心理職としてはそれだけではない面とあり……複雑だと感じています。
森崎 産業領域の心理職において、「冷たくなりなさい」「ビジネスライクになりなさい」というつもりは全くないのですが、 “組織にとって何が本当に求められているのか” ということがありますね。企業にかかわり始めたとき、私にはその意識が薄かったのだと思います。「個」を守らなければと考えてきましたが、実は「個」も「組織」も守れなかったのではないか。当時を振り返ると、言葉では表現でき難いのですけれど……、今でも、心の中にそのときの思いは色濃く残っているのです。

 

―― 私も含めて、「そこが難しいのですよね!言葉にできないその部分よく理解できます!」と産業領域の心理職で感じている方は多いと思います。そしてこれほどにベテランの先生でさえ、同じように悩まれながら進まれてきたのだと感じることで救われる方が多いのではないかと思います。
森崎 そうですね。この思いが伝わるなら、私も本当にうれしいことです。産業領域における心理職は「個」と「個」の関係だけではなくて「個」と「組織」にまで目を向けなければなりませんから。公認心理師が産業領域で働かれるのでしたら苦労される部分かもしれませんね。

従業員のサポートをする中で「自分の道を選択します。よく支えてもらいました。ありがとう」と言って退職されていく方もいます。正解は分かりませんが、それはそれで、心が温かくなる事例はたくさんありました。

 

―― 公認心理師が実際に働いていく上で、心理職として企業に限らず組織に働きかけることは難しいこともたくさんありそうですね。
森崎 例えば病院臨床においても、「個」と「組織」にかかわっていきますし、チームで協働することの難しさもありますよね。まだ新しい国家資格ですから、組織において公認心理師の役割が確立できていない部分もあるので、その課題もありますね。

 

★後編の記事はこちら

(インタビュー・文:公認心理師・臨床心理士・産業カウンセラー 齊藤朋恵)


森崎美奈子 Minako Morisaki
京都文教大学 客員教授
東京女子大学心理学科を卒業後、慶応義塾大学精神神経科教室に入局。1985年より(株)東芝本社勤労部安全保健センターに勤め、従業員の健康安全面や福利厚生のサポート。当時は、従業員の心の健康について注目されるようになった時代でもあり、メンタルヘルスサポート施策やシステム構築、実践も行う。人事院、中央災害防止協会(中災防)や地方公務員のための安全衛生施策など、行政の仕事にもかかわり、産業医や公衆衛生の医師とともに心理職の役割の構築に携わる。
1997年、ソニー(株)本社に転職し、健康管理業務に従事。その後、帝京平成大学健康メディカル学部兼大学院で教鞭をとる。産業領域に特化した心理研究所である京都文教大学・産業メンタルヘルス研究所の所長に就任。現在も多くの企業にてコンサルテーションを行う。行政関係では、産業保健総合支援センター東京、千葉、京都、兵庫)で研修、相談活動に従事。日本産業精神保健学会、日本産業ストレス学会の立ち上げにも携わり、2018年6月には一般社団法人日本産業心理職協会を設立、代表理事に就任。
著書として、『心理カウンセラーが教える「頑張りすぎて疲れてしまう」がラクになる本』(‎ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021)など多数。
2002年度 緑十字賞(労働衛生)、2015年度 日本産業精神保健学会理事長賞、2016年度 東京労働局長安全衛生推進賞、2020年度 日本産業ストレス学会功労賞

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