求められる心理職の役割|介護職員のメンタルヘルス~心理士によるハラスメント対策を通じて~

はじめに

筆者は20年以上、老人福祉分野に携わっています。生活相談員や介護支援事業所の管理者を経た後、現在は社会福祉法人本部の研修担当および両立支援などの相談対応をしています。

この記事では介護現場におけるハラスメントの現状とともに、職員のメンタルヘルスへの心理職による対応の可能性に焦点をあてて解説します。

筆者も勤務当初よりハラスメントを経験しています。元来勝気な性格なのですが、ハラスメントを受けた際、恥ずかしさのあまり上司や同僚に伝えられなかったことを記憶しています。

管理者として、部下からハラスメント被害を相談されたときには、周囲の理解が得られず、業務の調整など対応に苦労しました。利用者からのハラスメントを受けた事業所の立場は、非常に弱いものだと痛感しました。

事業所の管理者が心理相談員を兼務していると、スタッフはなかなか自己開示ができません。評価につながる良い面を見せがちなため、メンタルに不調があっても対応は困難を極めます。

本音は、安心・安全な場所でしか語られません。管理者とは立場が異なる心理職によって、安心・安全な場所が提供されることが非常に重要です。

介護現場におけるハラスメントの現状と対応

「介護現場のハラスメント」と聞くと、多くの方が介護職員による虐待や傷害・傷害致死などの事件性が強いものを連想されるのではないでしょうか。しかしながら、介護職員が利用者やその家族から受けるハラスメントも一定数存在しており、従来から問題視されてきました。

平成31年4月には、厚生労働省から「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」が公表されました1)

介護現場のハラスメントは、介護上対等な立場である利用者およびその家族が行う点において、地位などの優位性を利用したパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントとは異なる側面をもちます。

「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」では「身体的暴力」「精神的暴力」「セクシュアルハラスメント」を介護現場のハラスメントとして定義しています。ハラスメントの発生状況やアンケートの集計をもとに、管理者の心がまえやスタッフへの対応方法の指導および事業所の整備などが記載されています。

スタッフによる対応で、介護現場のハラスメントの多くは、ある程度回避できます。しかし、必ずしも100%回避できるわけではありません。筆者が関わった、困難であったケースを紹介します。

(ケース1)
要介護状態のMさんは、訪問介護での排泄介助を毎日利用していました。排泄介助では30分間の陰部洗浄を要望しました。ヘルパーが短い時間で終えると、憤慨して大声で怒鳴り、罵倒し、解約を引き合いに出して脅しました。陰部洗浄を再度要求し、ヘルパーはしぶしぶ対応を続けました。

ヘルパーは、すぐに管理者に報告し、その後は管理者自身が代行援助で対応しました。落ち着いたころにほかのヘルパーを導入しましたが、しばらくすると同様のハラスメントが発生しました。

3カ月後、管理者は法人本部と相談し、ケアマネジャーに援助中止を申告し、援助を中止しました。ケアマネジャーからは、「ほかの事業所は援助を継続しているのに、そちらは力量がない」と注意を受けました。ケアマネジャーの管理者にこの対応を報告しても、当事業所の力量不足という回答でした。

(ケース2)
要介護状態のIさんの息子は、Iさんの援助に入るヘルパーに「新聞がなくなった、お前がどこかに置いただろう!」「なぜ盗ったんだ!盗っ人め、殺してやるぞ」など理不尽に怒鳴りちらし、瓶を振り上げるような態度を見せました。ヘルパーは恐怖のあまり出社できなくなり、数カ月後に退職しました。
管理者は本部に報告し、即座に援助中止を行政に報告しました。その後、ケアマネジャーと息子に援助中止を申告し、期限を区切って援助を終了しました。その間、息子から直接あるいは長時間の電話で何度も謝罪を受けましたが、息子の精神症状の不安定さと周囲へのトラブル報告などから、予定通り期限を区切って援助を中止しました。

これらは2例とも利用者の自宅で発生していますが、女性のスタッフに抱きつく、臀部や胸を触る、卑猥な発言をする、急に殴る、噛みつくなどのハラスメントは、施設でも耳にします。

上記のようなケースでは、管理者は利用者や家族と交渉し、スタッフへも管理者から説明します。管理者によっては精神面のフォローも行いますが、必ずしも管理者が心理相談のスキルをもっているわけではありません。筆者の所属する法人では、ハラスメントを受けたスタッフの精神的負担が強まり勤務に支障が出始めると、本部の相談員が精神的フォローの対応を行います。

ハラスメントに対する周囲の反応と対応

介護保険サービスでは、介護職員は専門職として対応スキルを求められることから、理不尽なハラスメントに遭遇しても、対応することが当然と考えられてきました。

スタッフが勇気を持ってハラスメントを告発したとしても、必ずしも好意的な反応ばかりではありません。同僚や上司から責められることもあります。管理者レベルで問題として取り上げても、ほかの連携事業所や本人・家族から、事業所の力不足・指導不足とバッシングを受けることもあります。

しかし、ハラスメントを一度許容してしまうと、する側はエスカレートしていき、あっという間に介護スタッフの就労の安全を奪います。

利用者に善意で対応する介護職員ですが、利用者から思わぬ仕打ちを受けたことを事業者側に相談しても、自分の対応が原因と判断されることもあります。また、ハラスメントを受けたことは自分に原因があると自責するスタッフも少なからず存在しており、精神疾患を発症することもあります。

厚生労働省が令和2年6月26日に公表した、令和元年度の「過労死等の労災補償状況」によると、「社会保険・社会福祉・介護事業」分野の精神疾患の労災申請件数・決定件数ともに1位となっています2)

心理職が関わることの重要性

介護という仕事は、対人援助であるため精神状態の安定が非常に重要です。そのためには心理職を有効に活用してほしいと考えます。

冒頭でも述べましたが、管理者は心理的な相談の相手としてあまり有効だとはいえません。スタッフを指導する立場である管理者が心理的な相談まで担うとなると、多重関係にもなり、カウンセリングにおいて双方の抑止が働いてしまいます。人事権を持つ管理者などに突然の相談はしづらいものです。

「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」には、事業所内に「報告・相談しやすい窓口の設置」が明記されています。しかし、残念ながら相談部署が開設されていなかったり、労働者が50人に満たない事業所だと安全衛生委員会が設置・開催されていなかったりする現状もあるようです。

ハラスメントを受けたスタッフは、利用者に恐怖を覚えたり、時に「殺してやる」という心境が芽生えたりすることもあります。心理職はそのような気持ちを受け止め、支援に結び付けることができます。精神的疾患の予防に留意しながら、必要であれば医療と連携します。

心理職は、面接技法やブリーフセラピーなどのさまざまな技法を用いて、スタッフの自己理解を支援します。スタッフが苦手とする人物や事柄に対して認知行動療法を取り入れることもできます。こういった面接技法や心理技法の視点による面接態度のあり方や、質問のポイントなどを使用して、管理職の対応にアドバイスすることも可能でしょう。

公認心理師には秘密保持義務があるため、事業所との連携においても、相談者の立場からの支援ができます。これは、スタッフにとって非常に心強いことです。

カウンセリングは安心・安全な場所で行われることが重要です。秘密が守られ、専門的知識を持った心理職が実施し、適切な対応を行い、事業所外部の専門機関とも連携できるという体制の整備が求められます。

介護現場において心理職を導入する動きはまだまだ小さいように感じます。ですが、介護スタッフの心理的支援のためには、今後導入を検討すべきでしょう。介護職員のメンタルヘルス対応に、心理職が関わる余地は十分にあります。

 

引用・参考文献
1)厚生労働省老健局振興課.介護現場におけるハラスメント対策マニュアル.https://www.mhlw.go.jp/content/12305000/000532737.pdf(2020年7月16日閲覧)
2)労働基準局補償課職業病認定対策室.精神障害に関する事案の労災補償状況.https://www.mhlw.go.jp/content/11402000/000644251.pdf(2020年7月16日閲覧)

 

(文・構成/公認心理師・社会福祉士・キャリアコンサルタント・両立支援コーディネーター・ストレスチェック実施者 佐藤裕子)

 


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