求められる心理職の役割|自衛隊の臨床心理士・公認心理師
陸上自衛隊板妻駐屯地
業務隊衛生科 臨床心理士・公認心理師
熊谷 陽
自衛隊の臨床心理士・公認心理師の仕事
私は2010年に自衛隊に入隊しました。
もともとサイコロジカル・ファーストエイドなど災害時の心理学に興味があり、人を救う立場の方々の役に立てる仕事に魅力を感じ、応募しました。
■ 自衛官の心のケア
自衛隊には、陸海空合わせて約150人の心理職の技官である臨床心理士(臨床心理士・公認心理師)が所属しています。誰しもがカウンセリングを受けられる、充実したメンタルヘルス体制が構築されています。
自衛隊の心理職には、私のように技官として採用され、主に個人にかかわる心理職ばかりでなく、組織と個人両方に働きかけ、災害派遣現場の最前線にも出向く自衛官の心理幹部がいます。さらに部外からも心理カウンセラーを招聘しています。
なぜ、このような手厚いメンタルヘルスケアの体制があるのか。それは、自衛隊の任務には多大なストレスがかかるからです。
たとえば、自衛隊員には災害派遣の任務があります。出動命令が出れば、24時間365日、全国どこでも即時に出動しなければなりません。場合によっては昼夜連続だったり、2週間以上の連続勤務だったりすることもあります。
自衛隊の心理職技官はこのような過酷な前線から帰ってきた自衛隊員の心をケアするため、駐屯地で待機しています。
■ メンタルヘルス教育の実施
駐屯地では、個人カウンセリングのほかに、新規採用となった新隊員や中間管理職、昇任して部下を束ねる立場になった幹部に対するメンタルヘルス教育も行っています。部下百数十人を抱える中隊長などの幹部から、臨床心理的側面からみた部隊の指揮運営についてのアドバイスを求められることもあります。
自衛隊の心理職技官は、部隊とも密接に連携し、自衛官の心理幹部とも調整を行います。また、自衛隊が運営する病院は全国にあるため、医官などの医療スタッフとも緊密にかかわります。自衛隊の心理職技官も日常的に多職種連携を求められています。
自衛隊の心理職ならではの役割
■ 部隊復掃をめざしたサポート
通常の精神科医療やカウンセリングでは、クライエントさんが「疲れた」「もう休みたい」と訴えている場合、しばらく十分な休みを取らせることがセオリーです。
しかし自衛官はその使命感の高さから、撤退することをよしとしません。一時的にメンタルダウンして前線での任務を果たせない状態になったとしても、いったん休んだ後、再び最前線で活躍することを望みます。心理職技官は部隊復帰が可能となるよう、できるだけの支援を行います。
任務を完遂したいという高い意識を持つ自衛官に対し、「休んだらどうでしょうか」と安易に言うことは、彼らのプライドを傷つけ、再び最前線で任務完遂のために活躍したいという士気を阻害しかねません。
■ 心身両面から支える疾病予防管理
自衛官の任務には体力練成も含まれています。訓練も、実際の業務も心身ともに相当なストレスがかかります。運動して体力をつけることは大切です。自衛隊では毎年健康診断を行い、正常な数値でないときはすぐ注意喚起をし、医療機関の受診や自助努力による生活習慣病を予防すること。これは、どの駐屯地、基地でも課題となっています。こうした疾病予防にも心理職の働きが期待されています。
私が自衛隊で働く前、病院勤務だったころ、歯がぼろぼろの患者さんがいました。歯が悪ければ食べ物をよく噛むことができません。噛まずにどか食いすれば、肥満、高脂血症につながります。健康を害すれば、体は当然だるくなり、心の調子を崩します。
メンタルヘルスケアにおいては「メンタル」と「ヘルス」の両面からのサポートが必要です。自衛官の方々にも、健康管理とメンタルヘルスの関連性や重要性を強調し、教育を行っています。
■ しなやかで強靭なレジリエンスのために
自衛隊で働いていて驚くのは、たとえメンタルに不調をきたしたとしても、回復が早いことです。
というのも、もともと体を動かすのが好きな人が多く、彼らは時間を見つけてジョギングや筋トレをしています。また、趣味でさまざまなスポーツをしている人も多くいます。
しなやかで強靭なレジリエンスのために運動が大切だということは、世界各国の論文に書かれています。まさにその通りだと実感しています。
いつも緊張の糸がピンと張り詰めていると、それが切れたときにメンタルは崩れてしまいます。車のハンドルにも「遊び」の部分が必要なように、自分の中の「弱さ」を知っているほうが、より強靭なレジリエンスにつながります。そのため、結節ごとに隊員の心情把握をするミーティングを行っています。
■ 強い組織を構築するためのカウンセリング
米軍では「最強の兵士は助けを求められる兵士だJと言われています。たった一人で困難な状況に対峠するのは危険です。
そのため自衛隊では、上司と部下、仲間同士の団結や絆を重視し、助け合うことが日常的に行われています。
カウンセリングにおいても、通常のものとは異なる「体験カウンセリング」を行い、部隊全員にカウンセリングを行うこともあります。また、異動してきたばかりの自衛官に対し、メンタルの状態はどうなのか、心理職が年単位で面接・確認することもあります。
このように、自衛隊では強い組織を構築するために、予防医学の観点を取り入れながらカウンセリングを行っています。
※体験カウンセリング:カウンセリングを受けたことがない隊員に対し、カウンセリングとはどんなものか、心理相談をすることに対する抵抗感を弱めるために行われています。
自衛隊という組織の一員として
自衛隊の心理職は、他分野の心理職といろいろな点で異なる活動が期待されています。しかし、組織の一員であるということは他分野の心理職と同じです。組織に十分に溶け込み、仲間の一員として受け入れられるのは喜ばしいことです。
私が勤務している駐屯地の医務室でも、医官、診療放射線技師、臨床検査技師などの専門家が働いています。医務室の勤務員からは仲間として受け入れられており、医療スタッフの一員として働けることをとてもうれしく感じています。
自衛隊の臨床心理士(臨床心理士・公認心理師技官)になってみませんか
自衛官にも家庭があり、帰宅すれば良い父親・母親という役割がある、ごく普通の人々です。その一方で、過酷な前線で活躍する人たちでもあります。こういった人々を後方から支援し、組織の一員として働くやりがいは、この職場でしか得られないでしょう。
自衛隊では自衛官に対してより手厚いメンタルサポートを行うために、各駐屯地・基地で働く心理職技官を募集しています。この仕事に興味を持った方は自衛隊の臨床心理士・公認心理師を目指してみるのはいかがでしょうか。
自衛隊の心理職はお互いに支え合っています。研修などで集まる機会もあり、共同で研究活動をすることもあります。また、心理職技官だけでなく、医官、心理幹部、看護官などとも共同研究を行うことがあり、全国の離れた関係者ともつながることができます。全国どこでも仲間がいるのも、この仕事の魅力です。
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