働く人のメンタルヘルスを守るために心理士ができること(後編)|産業領域の先駆者 森崎美奈子先生に聞く

産業分野の心理職は、「個」に焦点をあてたサポートだけでなく、企業という「組織」側の視点をもってサポートを行う必要がある。後編では、森崎美奈子先生に産業分野で求められる心理職の能力、心理職に期待することを伺った。

 

―― 森崎先生のお話を伺って、「個」と「個」、「個」と「組織」のどちらの視点もバランスよくもち心理職としてかかわる必要があるのだと思いました。そのほかにはどのような能力が求められるとお考えですか?
森崎 心理職は、主役になってはいけないと思います。「接着剤」のような……。黒子になりなさいとまでは言いませんが、黒子でいてもかまわないと思うことは大切かもしれません。他職種や上司をバックアップして、その方々が部下のサポートにあたれるようにうまく動いてもらう。それに付き合う根気強さや、「組織が機能できるなら、完璧な組織を求めなくても良い、それはそれでも良い」と柔軟な考えをもつことが必要でしょう。

また、「現実的な感覚」も重要です。心理職は、他者や自分の内面に目を向けて内省することは得意なのですが、「現実に何が起きていて、何を求められていて、そして社会がどのように動いているのか」に目を向けてほしい。深く心の中に降りていくことは心理職の性(さが)ですが、ふと水面に上がって、何が今、現実に起きているのかを認識して判断する力が必要です。心理職として(個と個の関係の中で)これが正しいと思っていても、世の中として、組織として本当にそれが正しいことなのか、何が大切なのか。そういった視点に戻る力です。

皆様から、難しいと言われるのですが、「普通のひと」でいてください。心理職の方は特殊なケースや特殊な立場の方々にお会いすることが多いですし、心理職自身の考え方もありますが、普通のひとでいてほしい。「一般的なひとたち」はどう考えているのかという視点を持っていないと、個と個だけの「二人だけの特殊な世界に埋没してしまう」傾向があるということを心にとめておいてください。

 

―― 心理職が活躍している領域の中で、産業分野をめざし、実際に就職する心理職が少ないのはどうしてだとお考えでしょうか。
森崎 一つは臨床心理士の教育には、産業領域や組織にかかわる内容が希薄なことが挙げられるでしょう。学部や大学院では個人にフォーカスをあて内省していくことや、分析のスキルや知識がメインでした。そのため、組織に働きかけることに関心をもつ機会があまりに少ない。ですが、公認心理師の養成においてはカリキュラムが変わってきており、「組織分析」「労働衛生」も研修プログラムに含まれているので、今後は変わっていくのではないでしょうか。

もう一つは、企業側が心理職をどう活用するかが明確ではなく、心理職の採用があまり積極的に行われてこなかったことが挙げられます。心理職は、個人の面談のみならず組織改善や組織の強み、労務管理の課題についてもサポートが可能ですが、心理職側のアピールが足りなかったこともあり、企業は心理職そのものを知り得なかったという問題がありました。

しかし、心理職が国家資格化した今は、心理職が企業にとってメリットになるということをアピールできるチャンスだと思います。たとえばストレスチェック制度導入で、心理職にとって得意な統計・分析を実践できます。これにより「企業の強みや弱み」を把握し、どこにテコ入れすればどのように組織が改善され、メンタルヘルス施策がより良い労務管理の展開につながるなどの提言ができます。最近はそのことに気づき、心理職を有効活用している企業も増えてきたと思います。今後はさらに変わっていくと思われます。

 

―― まさに心理職の得意な分野を企業に活かせるということですね。しかし、得意な分野を上手くアピールできていない場合も多いのでしょうか?
そうですね、ストレスチェックの分析や、企業改善への活用は、産業医や看護師、保健師の方も同等にアピールできる分野でもあります。だからこそ心理職の方は、今こそ企業側に自身の得性をアピールする必要があります。そのようなアプローチに長けていない方が多い印象です。

実は、企業というのは「こういうことができます!」という方には「やってみて」とのチャンスが生じるものです。何もアピールしなければ、何も求めてもらえません。

なお、心理職として現在どこに所属しているのかによっても違ってきますね。1対1のカウンセリングを求められて社内に配属されている立場の心理職でも、「この研修をさせてください」とか「管理職の方にメンタルヘルスについて考えていただくために、ストレスチェックの分析結果をお伝えする機会をください」とか、「分析結果を活用する研修を実施したい」などができます。企業に所属する心理職には、他者にアピールする力が必要といえます。他職種から公認心理師になられた方は、他者へのアピールに長けている方が多いイメージがありますね。

 

―― 産業領域に心理職がこれから多く採用されるために、経営層の方に心理職を雇うメリットを話されるならどのようなことをお伝えになりますか。
森崎 今まで私が企業に働きかけてきた際には、「一人採用すれば、どのような働きができるか、何をやってもらえるか」を具体的に提案してきました。例えば、心理職を雇うと組織の良さや組織の課題を分析し、組織改善ができるとか、心身の不調を感じている方の直接支援もできますし、その方の上司に対してどのようにかかわると本人を活用していけるかを具体的に提言できますとか。その上で、「これらを外注すると費用的に大変ですよ」と。そして最後には、「内部の社員ならいつでもどこでも飛んでいけます!」と念押しします。特に事故が起きたときは迅速に対処でき、現場の従業員のサポートも行えます。また、事故の背景要因の検討もできます。

一方、これらに応じられる人材の育成が必要なため、心理職の教育にも携わってきました。その成果もあって、最近では産業領域を希望される方も増えましたが、企業サイドとしてはコスト的な面からEAP(Employee Assistance Program)を導入するケースが増えています。

 

―― 今後、産業領域に心理職がかかわることはさらに増えていくのでしょうか。先生はどのようにお考えでしょうか。
森崎 増えていくとは言い切れないですね。トータルに人を理解して将来を見通して組織改善にかかわっていくことは心理職にしかできない業務とは言い切れないからです。今後はAIが主軸になるかもしれませんしね。ただ、産業保健に関しては、法律によって定められているので「健康管理」や「安全管理」はなくなりはしないでしょう。労働安全衛生法を推進するかぎり、労働者に対して心身のサポートが必要なわけで、産業医が主となって、心理職は多職種と連携してより良い活動ができるはずです。

私としては、産業領域の心理職には「産業心理職」という考えが必要だと思います。「臨床」という考えだけでなく、労働衛生活動の視点があればこれからも活躍の場があると考えます。また、キャリア支援も重要な課題です。

 

―― 新型コロナウイルスの感染拡大によって、産業領域に変化はありましたか。
森崎 リモートワークが増え、最初のころ、従業員はオンラインなってよかったという意見が多かったのですが、最近では閉塞感を感じサポートが必要になっているケースもあるようです。実際、メンタル不調者も増えています。

心理職同士でこの問題を検討したとき、オンライン会議後に世間話をする時間をもつことが大切と話される方がいました。あえて「無駄話的な時間」をつくり、メンタル不調を防ぐ活動も行われています。オンラインでの効率的で実務的なかかわりの功罪が問われています。一方、現場のライン従事者から「自分たちは感染リスクの中で出勤している。オンライン勤務者は支援され過ぎているのでは……」と不公平感の訴えも聞かれるようになりました。心理職は、今後こういった面へのアドバイスをしていくことも必要でしょう。

 

―― これから産業領域(領域)を目指す心理職や学生に向けて、メッセージをいただけますでしょうか。
森崎 2015年に公認心理師が法制化され、心理職はようやく国家資格化されました。企業や行政においては、国家資格であるということは重要です。ストレスチェック制度の条文に「公認心理師」と書かれていますよね。公認心理師が産業領域で活躍し、認められる基盤ができたともいえます。

行政や企業に心理職が受け入れてもらった後、心理職がその信頼に応えられるだけの実践的なアウトプットがどれだけ具体的にできるのか。それが今後の課題です。私が企業で活躍する心理職の方々に期待する部分でもあります。

一概には言えませんが、産業領域の心理職を目指す学生さんには大きく2つの流れがあります。1つは、学部から心理職を目指し、そのまま大学院に進学する方。もう1つは、一度社会人になって人生を変えるきっかけと出会い、心理職の道に挑戦される方です。荒い言い方ですが、両者を比べると、社会人から産業領域の心理職となる方々のほうが視野は広いように思いますね。

実社会では複雑で難しい面に出会います。前者の方々は、非常に真面目で勉強熱心ではありますが、社会のドロドロした面や綺麗ごとだけではないという側面をまだ身に着けていない。本当の意味での対人支援者になるには、資格を取ってから「泥水を飲む」「ドブにも入る」という経験、また、壁にぶつかっても這い上がる力が必要でしょう。後者の方々は、そういう意味では実社会の経験があるため、たくましさをもっているように感じています。

 

―― そうですね、後者の社会人から心理になられた方は、さまざまな社会人経験をもっていますね。
森崎 公認心理師は現在移行期であり、資格保有者には医師や看護師、保健師など、さまざまなバックグラウンドの方がいます。大学院卒で公認心理師資格を取る方は育成のカリキュラムが整っているので、少し色合いが違います。つまり、移行期の公認心理師の皆さんの評価が、将来につながっていきます。資格をすでにもつ方にお伝えしたいのは、ご自身の心理職としてのアイデンティティや軸足を定め、専門家としての研鑽に努めてほしいということです。学会は新たな知見や多くの出会い、その場でのディスカッションなど生の学びを得られるので、より専門性を磨くためにぜひ活用ください。

 

―― 最後に、産業領域で働かれていて、うれしかったことを教えてください。
森崎 医療領域から産業領域に入って、当初は心理臨床家としてのアイデンティティがぐらぐらと揺れる思いがありました。ですが、その後はすごく楽しかった。それは、いろいろな方との出会いがあったからです。特に、労働現場の方々のバイタリティです。表層的なかかわりでは受け入れてもらえない、人としての生身の姿、信頼感が試されるのです。

医療や臨床心理の世界ももちろん素晴らしかったのですが、産業領域でかかわる方々のバリエーションの広さは新鮮でした。工場のおじさん方のたくましさ・活気の良さに出会い、「社会はこんなにも広いんだ」と感じました。笑ったり、泣いたり、怒ったりする喜怒哀楽に触れ、一方で、合理的に冷静に企業経営を考えてく方々にも会い……混沌としていても整然として動いている社会とは何て面白いところなのかに感じ入ること、多々でした。

私がよく「普通のひとでありつづけてほしい」「現実検討力を持ってほしい」と言うのは、そのような体験からきています。生身の人間に会い、生きた社会を知って、「人間は素晴らしい生きかた(働きかた)をしている」と思いました。これは、きっと病院臨床だけでは体験できなかったことなので、産業領域に携わることができてうれしく思います。

 

★前編の記事はこちら

(インタビュー・文:公認心理師・臨床心理士・産業カウンセラー 齊藤朋恵)


森崎美奈子 Minako Morisaki
京都文教大学 客員教授
東京女子大学心理学科を卒業後、慶応義塾大学精神神経科教室に入局。1985年より(株)東芝本社勤労部安全保健センターに勤め、従業員の健康安全面や福利厚生のサポート。当時は、従業員の心の健康について注目されるようになった時代でもあり、メンタルヘルスサポート施策やシステム構築、実践も行う。人事院、中央災害防止協会(中災防)や地方公務員のための安全衛生施策など、行政の仕事にもかかわり、産業医や公衆衛生の医師とともに心理職の役割の構築に携わる。
1997年、ソニー(株)本社に転職し、健康管理業務に従事。その後、帝京平成大学健康メディカル学部兼大学院で教鞭をとる。産業領域に特化した心理研究所である京都文教大学・産業メンタルヘルス研究所の所長に就任。現在も多くの企業にてコンサルテーションを行う。行政関係では、産業保健総合支援センター(東京、千葉、京都、兵庫)で研修、相談活動に従事。日本産業精神保健学会、日本産業ストレス学会の立ち上げにも携わり、2018年6月には一般社団法人日本産業心理職協会を設立、代表理事に就任。
著書として、『心理カウンセラーが教える「頑張りすぎて疲れてしまう」がラクになる本』(‎ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021)など多数。
2002年度 緑十字賞(労働衛生)、2015年度 日本産業精神保健学会理事長賞、2016年度 東京労働局長安全衛生推進賞、2020年度 日本産業ストレス学会功労賞

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