終末期や障害、病気の受容に苦しむ在宅患者と共に、一筋の希望を見つけ出すサポートを心理士に期待したい~在宅医療を行う佐々木 淳先生へインタビュー:前編~

在宅医療への注目が高まっている。医療費削減や、住み慣れた地域で暮らし続ける地域包括ケアの推進により、その充実が求められているのだ。しかし多くの心理士にとって、在宅医療は未知のフィールドだ。はたして在宅では、どのような心理的サポートのニーズがあるのだろうか。在宅医療に特化した医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長の佐々木 淳先生に話を伺った。2回に分けて紹介する。

 

―― まず、在宅医療とはどのようなものかを教えていただけますか。
佐々木 在宅医療では、基本的には通院は困難だけれど継続的、計画的な医学管理が必要な方が保険医療の対象です。僕たち在宅医は、自宅や施設で暮らす方を定期的に訪問し、体調の変化、症状の悪化がないかを診察します。そして、急変リスクをできるだけ抑えたり、起こりうるリスクに備えたりするのです。当法人は在宅医療に特化しているので、24時間、要請があれば緊急訪問にも対応します。訪問している患者さんには若いがん末期の方や精神疾患を持つ方などもいますが、多くは人生終盤の高齢者です。

人は誰でも高齢になれば、体力も認知機能も落ちていきます。高血圧など高齢者が持つ慢性疾患の多くは治せません。また、高齢者の不調は病気だけでなく、老化による機能低下という側面もあります。在宅医は持病の治療もしますが、訪問の目的は治療だけではありません。たくさんの病気をもった高齢者が、どうすれば衰えていく機能を受け入れながら、最期までその人らしく生きられるか。病気と共に、よりよく生きることは、この方にとってどういうことなのか。どうすればそういう生活、人生を送れるのか。慢性疾患の管理をしながら、それを患者さんやご家族と一緒に考えていくということですね。

 

―― 在宅医療において、医学的管理だけでなく「その人らしくよりよく生きること」を本人やご家族と一緒に考えていくことも大切なのであれば、心理士がサポートできることがいろいろありそうです。
佐々木 ありますね。大きく分けると一つは「看取り」です。前述の通り、人はいずれ機能が低下して死ぬ生き物です。その事実を早く受容できれば、機能回復が難しくなったとき、「治す」「長く生きる」という目標を転換して、残された時間をよりよく生きるためにどうすればいいかを考えることができます。しかしこの方向転換を図るには、実際には大変なエネルギーがいります。僕たち医師や看護師が、訪問診療の中で対話によって転換していくのはなかなか難しいのです。

「看取り」だけをとらえると、最近は「看取り士」や「エンドオブライフ・ケア援助士」など、いろいろな資格があります。しかしそうではなく、これは人が生きて、死んでいくというのはどういうことかという、もっと普遍的なテーマなのではないかと思うのです。

 

―― スピリチュアルケアのようなことが必要だということでしょうか。
佐々木 そうですね。スピリチュアルケアなどの援助的コミュニケーション技術は、臨床心理の世界で心理士の方が学んできているものと通じるものがあると思います。しかし、日本ではまだこの分野がとても弱いことを感じます。

例えばアメリカでは、訪問看護の中でスピリチュアルケアカウンセラーが患者さんの自宅を訪問し、死に直面する人たちの対話の相手となり、本人や家族の心の準備をサポートする仕組みがあります。以前、アメリカの訪問看護の関係者と話したとき、日本では治療や介護のスペシャリストが自宅を訪問する仕組みはあるが、スピリチュアルな部分のスペシャリストが訪問する仕組みはないと伝えたら、とても驚かれました。そこが在宅ケアのコアな部分なのに、と。

ですから僕は、介護保険や医療保険の中で心理士や精神保健福祉士など一定のトレーニングを受けた人たちが自宅を訪問し、スピリチュアルケアを行う仕組みをつくったほうがいいのではないかと思っています。

 

*スピリチュアルケア…加齢や病気などにより、「自己の存在と存在意義の消滅から生じる苦痛 (スピリチュアルペイン。京都ノートルダム女子大学特任教授、NPO法人対人援助・スピリチュアルケア研究会理事長・村田久行氏による定義)」を感じている人へのケア

 

―― 「心理」は、介護職や看護師、医師など、隣接分野の方も学んでこられています。クロスオーバーする部分があると思うのですが、スピリチュアルケアには心理士の専門性が求められているということでしょうか。
佐々木 知識として「心理」を学んだことと、援助的なコミュニケーションを図るスキルがあることとは全く別物だと感じています。心理士は援助的なコミュニケーションのスキルがあると思いますが、もし在宅分野で独自の地位を築くのであれば、隣接分野の専門職以上にスピリチュアルケアがきちんとできるスキルがとても重要になると思います。

在宅では高齢者よりむしろ、がんにかかっている比較的若い方や難病の方、障害と共に生きる方たちのほうが、スピリチュアルケアを必要としているかもしれません。こうした方たちは、奈落の底に突き落とされたような思いを抱えていても、そこに蜘蛛の糸を落としてくれる人がなかなかいません。ですから、一筋の希望を見出していけるよう一緒に取り組んでいく人が必要なのではないかと思っています。

在宅ではもう一つ、認知症のある方に対して心理士のサポートが求められています。次回は認知症のある方へのサポートと、在宅での活動を希望する心理士に求められるものについてお話ししましょう。

 

★後編の記事はこちら

 
(インタビュー・文:介護福祉ライター/公認心理師・臨床心理士・社会福祉士 宮下公美子)


佐々木 淳 Jun Sasaki
医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長
2006年、33歳で悠翔会の前身である在宅療養支援診療所を開設。2021年10月現在、首都圏を中心に18の在宅医療に特化したクリニックを運営する。最期まで自分の人生の主人公として生きられる医療の実現を目指して在宅医療に取り組んでいる。

 

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