心理職で働く|教育分野に転職したい方が押さえておくとよい5つのこと

はじめに

心理職のキャリアプランには、さまざまな領域を経験しながら、専門家としての臨床経験を積んでいくというものがあります。

筆者自身、臨床心理士の資格試験で「どんな心理士になりたいか」と問われたとき、「どんな分野でも対応できる心理士になりたい」と答えました。「人を対象にするなら、乳幼児から成人まで対応できる心理士になりたい」という思いがあり、院修了後は、福祉領域である児童相談所の心理士からキャリアを始めました。その後、行政の虐待対応部署の心理士、スクールカウンセラー、精神科クリニックの心理士を経て、現在は乳幼児を中心とした発達支援に携わっています。

「どんな分野でも対応できる」と大きな目標を掲げたものの、その道のりは、「どんどんキャリアを積んでスキルアップ」といった順調なものではなく、「あのときはこういうことだったのか」と数年後にやっと理解することもしばしばで、心理職という仕事の、奥深いけれど、決してたやすい道ではないことを実感する日々です。

経験したことのない分野にチャレンジすることは勇気のいることですが、「未経験だけど、この分野をやってみよう」という方の後押しになるような記事をお届けします。

教育分野の心理職

教育分野での心理職の活躍の場としては、スクールカウンセラーや、大学や専門学校などでの学生相談、適応指導教室の心理士、教育委員会の巡回相談や就学相談などが挙げられます。教育分野では、いじめや子どもの自殺、心理的トラウマなど、心身に与える影響が極めて重大な事案から、すべての子どもを対象とする予防的なアプローチまで、心理士に求められる役割は幅広く、今後ますます「チーム学校」における専門家の一人として、連携し問題解決にあたる姿勢が求められます。

20年ぶりに全面見直しされ2019年度に始まった教職課程においても「チーム学校」の内容が加わり、教職員と専門家が連携して子どもの支援にあたることは、教育現場でのスタンダードになると思われます。公認心理師法第一条に「国民の心の健康の保持増進に寄与する」とあるように、公認心理師として教育分野で活躍する方が増えるにともない、活躍の場を広げていくことが制度としても期待されています。

教育分野で押さえておくとよい5つのこと

他分野の方が抱きがちな教育分野のイメージとして、「不登校の子どもや保護者の相談に応じる」というものがあります。筆者自身も実際に働く前は、生徒たちとのカウンセリングがメインの仕事というイメージでした。実際には、子どもとの面接のほか、保護者面接、授業観察、先生へのコンサルテーション、研修など業務は多岐にわたり、幅広い知識が求められます。今回は、教育現場に心理士として働く前に押さえておくとよいポイントを5つ挙げます。

 

①相手が何を求めていることか正確に聴くこと

心理療法の技法は数多くあり、それぞれ得意とする技法もあるかもしれません。しかし、教育の現場では、まず相手の話や求めていることを正確に聴くことが何より大事です。ふらっと相談室にやってきた子どもが何を求めているのか、目の前の保護者はどんな思いで何を求めているのか。また、先生は何に困っていて、何が起こっているのか。アプローチを始めるには、まずそこを正確に受け取って見極めることが重要です。

その際、「ウンウン」と受け身で聞くだけでは本当に相手が求めていることには近づけません。質問や伝え返しをして求めていることをひもとくことが必要です。これまでに身につけてこられた基本的なカウンセリングの力は役立ちます。

 

②発達障害の知識はどの年代でも必須

実際に教育現場で働いてみて、不登校や学校での不適応の背景に発達障害のあるケースは思っていたよりも多くありました。一見それまでの学校生活に目立った問題がないように見えても、実は発達特性のために疲れやすく頑張りすぎていたなど、不登校になって初めて発達障害の特性がわかるケースも少なくありません。発達障害を見逃し、間違った対応をすると事態は複雑化していきますが、逆に言うと発達障害のポイントを押さえるとうまくいく場合もあるということです。

小中高生から大学生まで年代に関わらず発達障害の知識と基本的な対応を押さえておくことは必須です。発達障害の支援に携わった経験を持っているなら活かすことができます。

 

③組織の中でどう動くかという俯瞰する視点の大切さ

心理職が教育分野で働く際、立場としては学校や教育委員会等組織の一員として働くことが多いでしょう。スクールカウンセラーであれば、どんなに子どもに有益と思われることでも、業務は管理職の許可のもと行うことが基本です。

学校という組織の中でうまく使ってもらうために、まず、キーパーソンを見つけることが大事です。スクールカウンセラーは相談室で待つだけでなく働きかけていくことも必要とよく言われます。筆者自身も、はじめのころは何か役に立たなければと、焦って先生方に声をかけていました。振り返ると、職員室の雰囲気はどうか、心理士にはどんなことが求められているかについて、一歩引いて俯瞰的に見る視点が重要だったと思います。

自分から動く姿勢が必要で、指示系統があいまいなぶん、何気ない先生との会話がきっかけで仕事につながることも少なくありません。キーパーソンをきっかけにうまく組織に溶け込んでいくコミュニケーション力と焦らない心が試されるでしょう。

 

④他機関との連携の判断をするための知識が求められる

教育分野の業務は、学校内の環境調整で解決するケースから、他機関と連携しなければ解決が困難なケースまで幅広くあります。医療機関の受診が必要か、虐待のリスクはどうかの見立ては、心理の専門家として求められ、心理士としての責任を果たす上でも必要です。

直接他機関につなぐにあたり心理士がどこまでするのか(虐待通告の場合は管理職を通すことが多い)確認は必要ですが、どの程度、他機関につなぐ緊急性があるかは心理士として意見が求められるところです。日頃から精神疾患や虐待の兆候などに関する知識を吸収することは欠かせないでしょう。経験の浅いうちは一人で判断するのは困難で危険なため、必ずスーパーバイザーなど相談できる専門家を持っておくことも大事です。

 

⑤ 自分自身がほっとできる工夫を知っておく

教育分野では、困難があっても何とかやっていける健康な子どもたちにも多く出会います。そのため予防の視点も大切になってきます。時には、心理の専門家として先生方のストレスマネジメントを担うこともあるでしょう。呼吸法、ストレスに関する心理教育は、引き出しに持っておくと良いですし、実践の前にまず、自分自身がリラックスできるための工夫を知っておくことは大事です。

相談室にふらっとやってくる子どもの多くは、安心感や癒やしを求めてやってきます。子どもたちや保護者がほっとできる相談室づくりをするためには、まず自分が相談室で自分らしく、リラックスしていられることを大切にすると良いと思います。

終わりに

筆者が教育分野で、特にスクールカウンセラーに魅力を感じたのは「学校で居場所を見つけにくい子どもたちの支えになることができる」という点でした。多くの変化を遂げる児童期~思春期の心の健やかな成長の一部分でも担えたらという思いで始めました。

実際に働き始めると業務の幅広さと求められる知識の量に圧倒され、本当は向いていないのではないかと、自信を失いかけることもありました。しかし何とかやってこれたのは、子どもたちや保護者に必要とされる実感があったからだと思います。

この記事で挙げた5つのポイントは、筆者自身の経験と、周りのカウンセラーと話して「やっぱり大事だよね」となったものです。ぜひ、ご参考いただければ幸いです。

 

(文・ライター/公認心理師 川津香湖)

 

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