「当たり前」にとらわれない

神戸百年記念病院
精神神経科 臨床心理士
厚坊浩史

心理職に興味をもつ方へ

私は総合病院の心理職として働いています。これを読んでいるのは、心理職に興味を持っている人、心理職になりたいと考えている人だと思います。私の経験から、なにか皆さんにお伝えすることができれば幸いです。

といっても、興味をもってもらえないとはじまりません。というわけで、私の経験を少しお話ししたいと思います。

私は学生のころから、「孤独」というテーマに興味がありました。皆さんは「孤独」と耳にすると何が頭に浮かびますか? 「心が明るくなる」「希望につながる」というポジティブな連想をする人はまずいないでしょう。「ぼっち」「ネクラ」といったあたりでしょうか。

このままだと私自身が非常に寂しい人間と思われそうなので補足をします。私は毎日病院で患者さんに会い、医療スタッフと一緒に仕事をし、そのほか年間30回程度、人前でお話(講演や研修講師)をします。スポーツ観戦やライブ鑑賞も大好きで、オンとオフの切り替えを重要視しています。一方で、「孤独」も大好きです。1日中部屋に閉じこもったり、一人旅に出たり、一人でご飯を食べたり…誰にも会わず物思いにふける時間も欠かせません。

ある時期、周囲から「一人でいるなんて不健全だ」と言われたことがありました。そのとき、周囲に言われた「友達がいないと思われる」「寂しいでしょ」といった理由に私は全く納得できず、「本当にそうなのか」と孤独について図書館でいろいろと調べる、という孤独な作業に取りかかりました。すると、孤独は内省やストレス回避の効果があるとわかったのです。内省というのは、自分の在りかたや立ち位置、価値観を作り上げる作業のことです。

人と関わることは新たな発見やストレス発散の側面がある一方、どこかで気を遣っている部分もあります。同様に人に気を遣わず孤独に行動することもストレス発散になることがわかりました。心理学に後押ししてもらいうれしくなった私は、その勢いで大学・大学院ともに「孤独」をテーマにした論文を書きました。

言いたいことは、一般的に「不健全」と思われていることが、実はその人にとって意味がある、ということです。これは、心理学の世界ではよくあります。このような「意味づけ」を考えることも、心理職として非常に魅力を感じるところです。

身体疾患をもつ患者さんの支援

ここまでを前置きとして、実際の業務に触れていきましょう。

私は精神疾患患者の支援を中心とした精神科病院ではなく、総合病院で「身体疾患患者の心理的支援」を行っています。専門はがん緩和ケアと自殺対策です。がんは日本人が一番多く命を落としている疾患です。

①がん緩和ケア

皆さんは「がんになったらすべてが終わり」「がん=終末期」というイメージはありませんか? 生命に関わる疾患であるのは事実ですし、病院では終末期患者に携わることもあります。ただ、多くの医療スタッフが「終末期の苦痛をどう和らげるか」にエネルギーを注ぎがちななか、私たち心理職は「その人が大事にしてきたこと」や「今望むこと」など、その患者さんのエネルギーとなる部分を探します。身体は弱っても精神は命が尽きるときまで成長するからです。「いろいろあったけれど、良い人生だった」と語ってもらう方もいます。私たちの心理支援は途切れることなく続きます。

また、がん治療が向上し、がんを抱えながら生活を続ける人(がんサバイバー)も増えています。治療を終えた後は、定期的に再発はないかどうかを検査しつつ、日常生活を送ります。がんになる割合は2人に1人、がんで命を落とす人は4人に1人といわれています。言い換えると「がんになっても4人に3人はがん以外の要因で命を落とす」ことがわかっています。

がんサバイバーが就労を含めた社会生活を継続するためには、さまざまな支援が必要です。定期検診にかかることに対する職場の理解、パフォーマンスが十分でないことへの家族の理解、そして「がんであっても働く、社会参加する」ことを後押しする社会全体の風潮も必要です。ただ患者さんのなかには、それこそ「がん=すべて終わり」と判断し、治療を受けない、生活意欲が下がるなどの行動・反応が出る人がいます。心理的支援には、相手の話に耳を傾ける傾聴的態度、相手の心情を理解するための共感的姿勢が大事ですが、同じくらい必要なことは「正しいことを伝えること」かもしれません。治療できるがんであったり、工夫できるポイントがあったりするにもかかわらず、「がん=終末期」という誤解のまま何もせず時間が進むことほど悲しいことはないからです。

②自殺対策

もう1つの専門は自殺対策です。わが国で自殺する人は年間2万人少々。1日当たり50人弱です。小中学校での1クラスが40人前後としたら、その数が「毎日」亡くなっているのです。決して少なくありません。

ここでも誤解があります。「死にたいと言える人は死なない」は、誤っています。自殺をする人の9割は、直前に判断力や思考力が低下して何らかの精神疾患の診断がつくといわれています(※精神疾患の人全員が自殺するというわけではありません)。エネルギーが低下し生きていることがつらくなるため、「死にたい」と言えるエネルギーがなくなるのです。では残りの1割は? この人たちは自傷行為、過量服薬といった「健康に影響を与える」行動が見られます。健康に影響を与えることは、死にたいからでしょうか。答えは違います。自傷や過量服薬を行うことで脳内モルヒネといった「苦痛を和らげてくれる物質」が放出され、一時的に苦痛を和らげてくれるのです。ただ、何回も繰り返すことで耐性が生じるためおすすめできる方法ではありません。死にたいと伝える元気がない、つらさを伝える方法が誤解を与えているのです。

「あ、私は間違っていた」「友達にこの言葉を言ってしまった」と考えたあなた、心配はいりません。多くの傷ついた人は「自分が間違っていた」と考えを修正してくれる人に心救われるものです。「それでも私は正しい」と態度を軟化させないほうがはるかに周囲は傷つきます。

心理職に就きたいと思っている学生へ

心理職として仕事をするうえで言えることは「世の中で当たり前と思われていることは、当たり前ではない」ということです。一般常識や社会通念は世の中に必要なものですが、その狭間で苦しんでいる人もいます。それは、「孤独が大好きな少年」が「不健全だ」と言われたことと似ているかもしれません。その人の心の在りかたを知ること、わかろうとすること、共鳴することで救われる人は多くいます。この文章を読んで、少しでも心理職に興味を持ってもらいたいと思っています。

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