家族の「羽化を支える」周産期心理士の役割(前編)
- 2021-11-11
- 公認心理師に期待すること, 心理職で働く
総合周産期母子医療センターや地域周産期母子医療センターにおいては臨床心理士などの臨床心理技術者を配置することが望ましいとされ1)、周産期・新生児医療における心理職のニーズは高まっている。加古川中央市民病院小児科で臨床心理士・公認心理師として活躍する岡田由美子先生に、周産期・新生児医療における心理職の役割をうかがった。前編・後編にわけてお届けする。
―― 先生は小児科の心理職として新生児集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit、以下NICU)を中心に周産期・新生児医療に携わっておられます。まずは「周産期」「新生児」について教えていただけますか?
岡田 周産期とは、厳密には在胎22週から出生後7日未満の時期のことです。新生児とは、生後28日未満の赤ちゃんを指します。
出産は妊娠37~41週を正期産と考えますが、正期産であってもさまざまなリスクを持って生まれる新生児がいます。37週未満で生まれた早産の赤ちゃんは当然ですが、正期産であっても合併症などの病気をもって生まれた赤ちゃん、低出生体重児といわれる2,500g以下で生まれた赤ちゃんなどがリスクをもって生まれた赤ちゃんといえます。そのような医療を必要とする赤ちゃんが入院するのが、新生児集中治療室(NICU)です。
―― NICUでの業務についてお聞かせください。
岡田 小児科外来から紹介された心理療法のケースは、ご予約いただいて面接していますが、それとは別に、曜日と時間を決めてNICUに関わっています。直近の1週間のスケジュールをお伝えしますね。
月曜日はNICU全体のカンファレンス(以下カンファ)が行われます。赤ちゃんの状況、検査、主治医面談、カンガルーケア※の実施予定など、NICU全体のスケジュールを参加スタッフ全員で共有します。
火曜日は小児神経の先生方とNICUの医師、看護師、精神保健福祉士、ソーシャルワーカーらとのカンファレンスに参加します。そこでは、病状共有だけでなく、家族の気持ちや医療ケアを必要とする赤ちゃんを在宅でみていくためにはどのような支援が必要か、どのように地域につないでいくのか、などが話し合われます。
火・木・土曜日にはNICUの中に入り、すべての赤ちゃんに会い、面会にいらしたご家族とお話しさせていただきます。NICUでは医師は主に医療的ケアについて話し、看護師は赤ちゃんの様子を伝えます。「落ち着いていますよ」と医療者に言われても、赤ちゃんにはたくさんのチューブがつながっていますし、いつになれば目を開けて笑うのか……。NICUにわが子が入院していることで、家族は不安になるものです。それだけに心理士と何気ない会話ができることに意味があると考えます。
木曜日は産科病棟に出向きます。切迫早産で入院中の妊婦さんのベッドサイドに伺い、まだ姿は見えないけれど、おなかにいる赤ちゃんに会わせてもらうという姿勢でごあいさつします。病状が落ち着いて会話ができる妊婦の方と、ごあいさつだけですが、毎週伺うようにしています。
NICUにおいてご家族との面接は、必要に応じて頻度を増やしたり、プライバシーを守ることができる個室でお話を伺うなど、ご家族の状況に合わせます。赤ちゃんの退院の時期が近づいている方には、その不安や戸惑いを聴きます。
※カンガルーケア:生まれて間もない赤ちゃんを、母親の素肌に胸と胸を合わせるように抱っこすること。生後なるべく早期に、できるだけ長く肌と肌との接触をすることで、その後の母乳育児や体温の保持、母子相互関係に良い影響をもたらすといわれている2)。
―― 面接室だけでなく、NICUや産科病棟など、活動の場の幅広さが特徴的ですね。心理職として心がけておられることは何でしょうか?
岡田 「寄り添う」でなく、「付き添う」姿勢で出会うことを大切にしています。家族にとって、自分たちの赤ちゃんがNICUに入っているという事実を受け入れるのは、とてもつらいことです。リスクをもつ赤ちゃんという新たな家族をどう受け入れていくのか。赤ちゃんが元気になってくるまでは、本当に心配です。
この状況から家族はゆっくりとスタートを切り、赤ちゃんと出会っていく。安心できる環境で、わが子との時間に没頭することができると、赤ちゃんを含めた新しい家族ができあがっていきます。そんなとき、誰かがそばにいる、指導も助言もしない誰かがそっと赤ちゃんと家族に付き添い、その家族らしく家族になっていくことを見守ることが大事だと思います。
私はいつも、家族のこの状況を「羽化」にたとえて考えます。羽化の最中に「正解」を告げられると、その方向に引きずられるリスクが生じます。結果、羽化の妨げになってしまうこともあるでしょう。私の感覚ですが、「寄り添う」では近すぎるように感じるのはそのためです。心が動くには、心に少し隙間が必要だと思います。
無事に羽化するには、それができるまで、見守りそばにいる存在が必要です。最後まで自分の力で羽根を広げることができれば、家族は、自力で飛び立つことができます。
―― だから「羽化」なのですね。家族に「寄り添う」のでなく、「付き添い」ながら見届ける。大変な作業だと思います。
岡田 特に困難なケースは、家族が自分自身と向き合っていく作業をされることもあります。NICUのスタッフたちが赤ちゃんの治療やケアしてくれていることに感謝しながらも、赤ちゃんを受け入れられないこともある。元気に産んであげられなかったと、自分を責めてネガティブな思考にとらわれます。
周産期医療はスピードがとても早いです。500gで生まれた赤ちゃんが2,500gになって退院していく。また、震える手でおむつ替えをしていた家族が、頼もしく育児する養育者となっていく。これらの姿には感動を覚えます。
一方で、大変複雑で重いケースに出会うこともあります。周産期は特別な期間で、人生でも特殊な時期だと思います。
産後の母親は脳が活性化していることから、普段なら何気ないひと言でも、一生忘れない傷となって残ることがあります。産後うつの問題もあります。
また、そのリスクの高さから亡くなっていく赤ちゃんもゼロではないことからスタッフが無力感を感じることもあります。命の始まり、家族の始まりであっても周産期にはあらゆるところに、葛藤があります。
そのためにも全体を見通す力、そして「付き添う」ことができる存在が必要です。NICUの心理職には、実にさまざまな作業が求められるのです。
引用・参考文献
1)厚生労働省.周産期医療体制整備指針.2010.https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000096051.pdf(2021年9月30日閲覧)
2)カンガルーケア・ガイドライン ワーキンググループ編.根拠と総意に基づくカンガルーケア・ガイドライン.2009.https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0068/G0000190/0001(2021年9月30日閲覧)
(インタビュー・文:公認心理師・臨床心理士 なかにしいくこ)
*後編はこちら
岡田由美子 Yumiko Okada
地方独立行政法人 加古川市民病院機構 加古川中央市民病院 小児科
臨床心理士
周産期心理士としてNICU、小児科、産科にかかわる。周産期医療体制整備指針における周産期センターへの臨床心理士の配置にも尽力。周産期心理士ネットワークの常任運営委員として、全国の周産期心理士の情報共有やスキルアップにも携わる。
*周産期心理士ネットワークのホームページはこちら