ヨガ×心理学によるセルフケアの提案

支援者のセルフケアの必要性

セルフケア とは、自分のできる範囲で、自分自身へのケアを行うことです。「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」1)にも掲げられているほど、セルフケアはメンタルヘルスでは欠かせない概念です。自身のストレスに気づき、それに対処するための方法を学んで実践することが心の健康を保つ上で大切と言われています。

特に対人援助職に就く人たちは、クライエントが抱えるさまざまな境遇や感情に対して共感的であること、そして相手に合わせた言葉がけや対応を求められます。時には自分の感情をコントロールし、気持ちと反対の行動をしなければならない場合も多いでしょう。そういった「感情労働」を求められる職業・職場で懸念されるのは「バーンアウト(燃え尽き症候群)」です。

精神科医でヨガ講師でもある中野輝基氏は、対人援助職の人たちの現状を下記のように述べていました。

「自分にも常々言い聞かせていますが、人と関わるうえで大切なのは自分自身の心身の健康を決してないがしろにしないこと。しかし(対人援助職に従事する人たちは)どうしても周りの人に一生懸命になってしまい、自分のケアが後回しになる状態が生じています」。

筆者も、自分へのケアはおざなり、相手へのケアが優先になっている支援者を何人も見てきました。本来であれば、自分を大切にして、初めて他人を大切にできるはずです。注意しないと、そのあたりのバランスを崩しがちなのが対人援助職の特徴なのかもしれません。

ところで、心理職をめざす学生さんは、心理士の仕事というとどんなものを思い浮かべるでしょうか? 「カウンセリング・面接」のイメージをお持ちの人が多いと思います。

実際はそれだけではなく、クライエントをアセスメントするための検査、報告書作成とフィードバック、他職種との連携など、実に多岐にわたります。状況によっては、「仕事が定時で終わらず、残業が当たり前」という場合もあります。

これは心理士だけでなく、労働者全般に当てはまることかもしれませんが、こんな日々が毎日続くと、セルフケアどころではなくなってしまいます。

セルフケアにヨガのすすめ〜なぜ心理士がヨガをすると良いのか〜

セルフケアにはさまざまな方法があり、気分転換・リフレッシュする方法は人それぞれです。その中でも筆者は、「ヨガ(YOGA)」に注目し、子どもから大人までの幅広い年齢層の方に、セルフケアのツールとして、日常生活にヨガを取り入れてもらえるよう日々指導を行っています。

インド発祥のヨガは、サンスクリット語で「つなぐ」という意味を持っています。ヨガと聞くと、美しいポーズを取ることがメインの印象があるかもしれません。しかし、ポーズを取る目的は、呼吸法や瞑想に必要な背骨や骨格を整えることにあります。

ヨガの中で大切なのは、ポーズ・呼吸・瞑想の3つの流れを実践し、心身の緊張をほぐし、快適で安定した心を作ること。この中でも特に大切にされているのが呼吸法です。カウンセリング場面でも、緊張を緩めてリラックスするツールとして、呼吸法を紹介することがあります。

呼吸法を行うことは、自律神経系の乱れを整え、心身共にバランスの取れた状態を作るための手助けとなります。呼吸法を含めてヨガを行うことは、マインドフルネスな状態を作り出すということもつながります。

マインドフルネスとは「今現在において起こっている経験に注意を向ける心理的過程」2)です。マサチューセッツ大学医学校名誉教授のジョン・カバットジン博士が提唱したマインドフルネスストレス低減法のプログラムでも、呼吸法や瞑想、そしてヨガが組み込まれています。

カウンセリングで「今この瞬間に起きている心の動き」を扱う心理士にとって、マインドフルネスは馴染み深く、日常で比較的簡単にマインドフルネスな体験をできるのがヨガであるとも言えるでしょう。

中野氏は、習慣的にヨガを行うメリットについて以下のように述べています。

「ヨガを継続することで、自分自身の心身の調子に気が付きやすくなります。それは、ヨガはエクササイズを超えて、身体の調子、心の具合を自ら見つめるという側面があるからです。そうしたトレーニングを重ねることで、無理を重ねている自分に“気付く”ことができるようになります。ヨガには、蓄積してしまいがちなストレスを解消する効果もあります。もちろん、人によって合う・合わないがありますが、自分の心身の状態に気付き、それを解消するツールとして、ヨガを日常生活にぜひ取り入れてみてください 」。

ヨガを生かした心理士のキャリアアップについて

心理士がヨガをするのは、自分のために役立つほか、現場でも生かせます。

カウンセリングで誰でも一度はぶつかる壁の一つが、言語化が難しい・苦手なクライエントに対するアプローチではないでしょうか。筆者は、そういったクライエントとのカウンセリング場面でヨガを取り入れることがあります。

ヨガと言ってもマットの上で行うのが難しい場合が多いので、椅子に座ってできるものを行います。

例えば、呼吸に合わせて腕を上げ下げする「ハンドフロー」という動き(写真)があります。これを行うだけでも「スッキリした」「身体と気持ちがつながっている感じがした」という声をいただくことが多いです。

ヨガを行ったときの体験や感覚をクライエントと共有することが、その後のカウンセリングの進行に良い影響を与えることもあります(ただし、症状によってはヨガを行わない方が良い場合がありますので、医師の指示を仰ぐなど注意が必要です)。

最近では、カウンセリングだけでなく、予防を目的とする心理教育の実施を求められる機会が増えています。その際のツールとして使っていただくのもおすすめです。

カウンセリングに対する世の中のイメージはまだまだ敷居が高いのが現実です。ヨガのように身体を使うものは変化を実感しやすく、「意外と緊張していることが分かった」「頭の中のぐるぐるした思考を鎮めることができた」など、年齢問わず多くの方に良い反応をもらうことが多いです。

これまでも、自律訓練法や動作法、漸進的筋弛緩法など「心と身体はつながっている」ことからアプローチする心理療法が実践にされてきました。それらに続くアプローチの一つとしてヨガを用いていただければうれしいです。

 

◇謝辞◇
執筆にあたり、精神科医・ヨガ講師の中野輝基先生にご協力いただきました。中野先生は、医療(medicine)とケア(care)とヨガ(YOGA)それぞれの適切な知識を融合させ、人々の健康増進へのサポートを行っています。

MEDCAREYOGA

引用・参考文献
1)厚生労働省.職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~.2020.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000055195_00002.html(2020年10月21日閲覧)
2)ジョン・カバットジン.マインドフルネスストレス低減法.春木豊訳.京都,北大路書房,2007,408p.
3)春木豊.動きが心をつくる:身体心理学への招待.東京,講談社,2012,240p.
4)マーク・ウィットウェル.ヨーガの真実 自らを知り、発見し、その生命を大切にしていく心を育むためのヨーガ.加野敬子訳.東京,ガイアブックス,2007,200p.
5)スワミ・サッチダーナンダ.新版インテグラル・ヨーガ パタンジャリのヨーガ・スートラ.伊藤久子訳.東京,めるくまーる,2020,384 p.

(文・構成/南 舞 公認心理師・臨床心理士)

 

 

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