第2回 カウンセリングだけではない心理支援:専門家としての情報提供|はたらく人を支援する心理学

公認心理師の活躍は産業分野においても期待されています。この連載では、産業分野の心理支援の特徴や面白さについてお届けします。


一般社団法人心理支援ネットワーク心PLUS
コンサルタント 大林 裕司(公認心理師・臨床心理士)
(執筆協力:同 アソシエイト 坂木 琴音)

はじめに

今回のテーマは、「専門家としての情報提供」です。2つの役割を紹介します。

1つは、カウンセリングなどのサービスを適切に利用してもらうための情報提供です。広報活動的な意味合いを含みます。もう1つは、大きなインパクトのある災害や事件・事故が発生した際などに、「正しい情報を、必要としている対象者に、適切に届ける」情報提供です。危機介入的な要素を含みます。

このテーマを今回設定したのは、2つ目の危機介入的な視点での情報提供が今まさに必要とされているからです。現在、世界中で問題となっている「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」と関係します。

「正しい情報を、必要としている対象者に、適切に届ける」ことは、いわゆる心理的パニックや誹謗中傷・偏見などを予防することにつながります。

これは、社会心理学の「集団・群衆の心理」と大きく関係しています。具体的な例を挙げると、「同調」といって、ヒトは、正否に関わらず、大勢の人の意見に合わせやすい傾向があることが研究からわかっています。今回のCOVID-19禍でも、メディアやSNSなどを介して発せられる情報(特に大勢の人が注目するもの)に影響を受けて、買い占め行動や感染者への誹謗中傷などさまざまな問題が生じています。心理学の観点だからこそ、このような点に留意した情報提供が可能になるのではないかと思います。

ちなみに、著者の専門である「コミュニティ心理学」では、「予防」の概念を
・1次=発生予防
・2次=早期発見、早期対応
・3次=治療・回復
という3段階に分けて考えます。この中の1次予防(発生予防)に、情報提供などの「啓発活動」が該当します。

サービス利用促進のための情報提供

「何ができるのか?」を知ってもらう

たとえば筆者の活動する産業領域の業務は、労働者へのカウンセリングや上司などの関係者へのコンサルテーション、メンタルヘルス研修の実施などが中心になります。しかし、とりわけ日本では、誰かに悩みを相談することや「メンタルヘルス」という言葉に対して、ネガティブなイメージや抵抗があるのが実情です。

ですが、サービスを利用してもらわないことにはその意味や効果は伝わりません。必要なときにタイムリーに利用してもらえるように、継続的な広報活動が重要になります。

 

具体的にどうするのか

どんなときにどんなサービスを利用できるのか。まずはチラシやポスター、パンフレットを紙媒体や電子情報(メールや社内の共有サーバなど)など、その組織に合わせた方法で配布します。相談方法や相談可能な内容に加え、プライバシーが守られることなどを明記すると、利用者の安心感につながります。当法人で使用している相談室の案内資料(サンプル)を図1に示します。

このような広報活動は、1回行えばよいというものではありません。困っている人に適切なタイミングで届くよう、定期的に行うことで、より効果的なものになります。

販促物の作成、またサービスを利用するための行動形成においても心理学的な視点が有効です。

どのような表現で記載すると情報が正しく伝わり安心感につながるのか。これは、人間の情報処理の過程などとも関連し、認知心理学や社会心理学と関係します。

また、「相談する」行動をどう引き出すかは、学習心理学(行動心理学)的な視点で考えられます。具体的には、相談の方法や手順、どんなときに相談すべきかなどを、行動を引き起こす刺激となるよう、具体的に示すことが挙げられます。そして、その結果として本人にメリットが生じれば、またその行動をしようと思うわけです(「随伴性」といって、ヒトの行動を引き起こすのは、図2のように、その行動の前後で生じる環境の変化であると考えます)。

 

利用してもらうからこそ、仕事として継続できる

本連載の第1回でも述べましたが、特に産業領域の心理支援活動においては、営利団体が担っている場合が多いです。

「対価をもらいサービスを提供する」ため、どの程度活用されているかが顧客企業からの重要な評価基準になります。単に利用してもらうのを待っているだけでは仕事を失うことにもつながりかねません。

そういった意味で、ほかの領域と比べて積極的な広報活動が求められると感じています(もちろん教育や医療・福祉などの他領域でも広報活動は重要です)。

危機的場面における情報提供

新型インフルエンザのパンデミックと東日本大震災の経験

著者が危機的場面における情報提供の重要性を意識するようになったのは、2009年に世界的に流行した新型インフルエンザ(新型インフルエンザ〈A/H1N1〉)のパンデミックのときです。

当時、心理的パニックを防止するために、正しい情報を精査して顧客企業に伝えるよう上司から指示され、公的機関や専門医などから情報収集にあたりました。社会心理学を専攻していた同僚と対応する中で、研究活動に通じる科学的・論理的に根拠を示す視点の重要性を意識しつつ、同時に誰もが読みやすいように平易な表現や簡潔な文章量にするといった顧客に近い立場(営業担当の方など)からの意見も踏まえて、顧客企業に情報提供を行いました。

このときの経験が2011年の東日本大震災での取り組みにもつながりました。顧客企業に対し、各地域での支援状況や、福島第一原子力発電所の事故に伴う放射能の情報発信を行いました(この取り組みに関する詳細は参考文献1を参照ください)。

 

COVID-19、東日本大震災からみえてくる心理的パニック

COVID-19においては、感染拡大当初から今に至るまで、さまざまな情報が錯綜しています。感染予防対策についても多様な意見があり、専門家でも見解が異なっています。

結果、マスクなどの物資の買い占めや他者への誹謗中傷、誤った対策の強要などといった問題が数多く起こっています。

東日本大震災でも、特に放射能の影響に関して、さまざまな意見が示され、買い占めや中傷など、今回と同様の事態に陥りました。

情報を処理するうえで重要なのは、
①根拠に基づく情報を発信すること
②その根拠は科学的に証明されたものかなど精査が必要なこと
③情報の発信者の立場を考えること(特に利害関係について)
の3点です。

COVID-19においては、SNSの普及によって、情報の広がり方も、想像を絶するスピードで広範囲に拡散しています。加えて、そもそも「根拠」となる知見が乏しいということも対応を難しくしています。

デマや偏った情報で多くの人が行動し、それがさらに大勢の人に影響を与えるという悪循環に陥っている点も大きな特徴です。そして既存のメディア(テレビや新聞など)の情報にも偏りがあり、むしろインターネットやSNS上でしか得られない情報もあります。情報の発信者の立場を考え、判断していかなければなりません。

おわりに

専門家としての情報提供を考える上では、対象となる方たちの心理・行動的な側面(特に動揺や不安など)を考える必要があります。その上で、冒頭で書いたように、「正しい情報を、必要としている対象者に、適切に届ける」ことを大切にしなければならないと考えています。

COVID-19によって、情報の根拠や発信者との関係性を精査することの重要性をあらためて感じました。また、「正しい」ことがはっきりしない状況では、「わからない」ということをどう伝えるべきなのか、これは今も考え続けています。専門家であっても、今回のような未知の事態では、やはりわからない(はっきりしたことが言えない)こともあるのだということを忘れずに取り組んでいく必要があると思います。

 

引用・参考文献
1)井上孝代・大林裕司.“地域に根ざした勤労者のこころの支援の可能性:東日本大震災における勤労者への支援を通して”.渡邊忠ほか編.いま、産業カウンセラーに求められる役割と実践.京都,ナカニシヤ出版,2012,89-100.
2) 瀧本哲史.武器としての決断思考.東京,星海社新書,2011,248p.
※こちらは、心理学の専門書ではありませんが、ディベートを元に、意思決定とその根拠について論理の組み立て方を学ぶことができると思います


著者プロフィール

目白大学大学院心理学研究科修了後、EAP専門機関にカウンセラー・コンサルタントとして勤務。 カウンセリングによる勤労者とその関係者への心理支援に加え、ストレスチェックなどの調査データの 分析・レポーティングや、職場へのメンタルヘルス対策の導入・展開、より良い職場環境づくりなどの コンサルティング業務に従事した後、現職。

専門:産業メンタルヘルス全般・EAP・応用行動分析学・コミュニティ心理学
取得資格:公認心理師・臨床心理士

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