Report|厚生労働省主催 職場のメンタルヘルスシンポジウム:ワーク・エンゲイジメントに注目した職場と個人の活性化

はじめに

ストレスチェックの導入や働き方改革の推進など、職場環境の改善に向けた取り組みが進んでいる。その中の重要なテーマが「メンタルヘルス」だ。職場のメンタルヘルスにはさらなる配慮が必要とされているが、人事担当者や産業保健スタッフとして心理職を雇用している企業はまだ多くない。

企業の人事担当者や産業保健スタッフを対象とした今回の大阪会場でのシンポジウムは約300名が集まる盛況ぶりで、関心の高さがうかがえる。メンタルヘルス対策が職場や個人に与える効果や、企業の担当者による取り組みの実際が発表された。

健康でいきいきと働くために:ワーク・エンゲイジメントに注目した職場と個人の活性化

“いきいき” と働くことは企業に何をもたらすか

基調講演では、ワーク・エンゲイジメントの考え方に基づき、島津明人先生(慶應義塾大学)がメンタルの問題を抱える前の0次予防のために “いきいき” と働くことが大切だとし、ワーク・エンゲイジメントを向上させるためのポイントを発表した。

ワーク・エンゲイジメントとは働く人の心の健康に対する新たな考え方で、①仕事に誇り(やりがい)を感じ、②熱心に取り組み、③仕事から活力を得て活き活きしている状態のことだ1)。これら3つの要素があいまって「ワーク・エンゲイジメントが高い」状態という。

これからの企業のメンタルヘルス対策では、個人・組織の弱みを支え、強みを伸ばすことが求められると島津先生は言う。そして産業保健(人事)と経営がタッグを組む必要性がある。経営陣がめざす労働生産性を上げるためにはワーク・エンゲイジメントの向上が欠かせない。つまり、産業保健(人事)と経営の共通指標となりうるキーワードが「ワーク・エンゲイジメント」なのである。

島津先生はいくつかの研究データを示しながら、生き生きと働くことがいかに職場にメリットをもたらすかを説明した。

たとえば、仕事中毒の状態の人(ワーカホリズム)よりも、仕事に楽しみを感じている人のほうが、2年後の仕事のパフォーマンス、生活満足感が高く、不健康度は低い2)。つまり、今働いている人の状態が、未来に大きく関連しているのだ。

上司のワーク・エンゲイジメントの高さが部下のパフォーマンスにも影響することも紹介された3)

 

組織と個人の強みをどう伸ばすか

ワーク・エンゲイジメントの向上のためには、組織と個人の活性化が鍵となる。職場環境の改善のためには、ストレスチェックの集団分析結果の活用、コミュニケーションや助け合いの機会を増やすことなどが挙がった。

個人における仕事との向き合い方も変化させる必要があり、「ジョブ・クラフティング」という考え方が紹介された。「ジョブ・クラフティング」とは、やらなければいけない仕事を自分がやりたい仕事につくり変えることであり、①仕事のタスクの性質や遂行方法、②仕事上での人間関係、③仕事のとらえ方(認知)の3方向を変化させていく。

「さまざまな人の意見を聞いていると、仕事のうち、自分がやりたい仕事は3~4割程度。残り6~7割はやりたくない仕事。この6~7割をやりがいにつなげることができればとても働きやすくなる」と島津先生は言う。

 

よく働き、よく遊ぼう

仕事以外の要素としては、余暇やコーピング(気晴らし)、ワークライフバランスが大切だという。これらの効果のほか、上手な気晴らしのポイントが紹介された。

臨床心理士によるメンタルヘルス対策

ダイハツ工業株式会社・臨床心理士の春藤行敏先生、社会福祉法人児童養護施設合掌苑・臨床心理士の田口直幸先生からは、メンタルヘルス対策の実践例が報告された。

 

ストレスチェックを組織活性化に生かす

ダイハツ工業株式会社ではメンタルサポートチームを配置し、常勤産業医1名、非常勤産業医3名、保健師2名、臨床心理士3名が所属している。約1.3万人の従業員がいるため、メンタルの問題が生じてから個別にアプローチするよりも、ストレスチェックを活用し集団にアプローチすることで未然防止に努めている。

実際、臨床心理士による介入後、休業者数は減少傾向にある。ストレスチェックの集団分析の結果は、社長や役員、各部長、労働組合へ個別にフィードバックしたうえで、管理職向け結果報告会で啓発を行う。また、職場改善活動につながり、リーダー研修など、さまざまなプログラム導入のきっかけにもなった。

「ストレスチェックはただ実施するのではなく、そこからメンタルヘルスにどう取り組むか。プログラムの導入など体系化が大切」だと春藤先生は強調した。

 

福祉の現場にもストレス調査の活用を

子どもと子育てをめぐる社会環境の変化により、児童養護施設には運営体制の整備と、職員の力量向上が求められている。田口先生は、職員の課題として「情緒ストレスの高さ」「早期離職」「メンタルヘルス不調」を挙げた。合掌苑では、2013年よりストレス調査を導入している。ストレス調査の結果に基づき、リーダークラスでの研修や、施設長との個人面談、職員全体への研修などを実施したことが報告された。

児童養護施設は子どもたちの生活の場であり、家である。ともに過ごす職員は家族のような存在であり、職員には職業人であると同時に養育者の役割も求められる。そのため職員は自身の役割をはっきり自覚することが難しく、高ストレスにつながっているという。

田口先生は、ストレス調査の導入により課題が明確になったことを利点として挙げ、職場環境の整備や、ワークライフバランスの確立などに取り組んでいきたいと話した。

いかにトップを巻き込むか

企業のメンタルヘルス対策では、経営陣への理解を深め、トップを巻き込んでいくことが重要である。春藤先生はトップを巻き込むことは非常に難しいと前置きしたうえで、「ストレスチェックの結果は数字に現れる。1つの指標でしかないが、その数字を理解してもらうことが大切」だと述べた。社外の事例や世の中の動きを伝えてみることも手段だという。

また、外部機関(EAP〈employee assistance program〉サービス)との連携では、「うちは外部機関に委託しているから大丈夫、という担当者がいるが、これは連携ではなく丸投げともいえる。連携が実現できるようなプログラムが必要」と島津先生は話す。ダイハツ工業株式会社では、経営陣に提案するためのビッグデータを外部機関に示してもらうなどの相互連携を図っているという。

 

今回の大阪会場でのシンポジウムの様子は厚生労働省ホームページ「こころの耳 働く人のメンタルヘルス・サポートガイド」で視聴できる。
東京会場での講演も収められているので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。

 

引用・参考文献

1)島津明人.平成30年度 職場のメンタルヘルスシンポジウム~ワーク・エンゲイジメントに注目した職場と個人の活性化~基調講演「健康でいきいきと働くために:ワーク・エンゲイジメントに注目した職場と個人の活性化」資料より抜粋.2019.

2)Shimazu,A.et al.Workaholism vs. work engagement : the two different predictors of future well-being and performance. Int J Behav Med. 22(1),2015,18-23. doi : 10.1007/s12529-014-9410-x.

3)Gutermann,D.et al.How Leaders Affect Followers’Work Engagement and Performance : Integrating Leader−Member Exchange and Crossover Theory.British Journal of Management.28(2),2017,299-314.

(取材・文/こころJOB編集室)

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