心理職で働く|乳幼児発達分野に転職したい方が押さえておくとよい5つのこと
はじめに
乳幼児発達分野における心理職の活躍の場として、発達相談に関する各自治体の支援センター、療育機関、小児科、乳幼児検診での心理相談などが挙げられます。
筆者は、地域の支援センターで、発達に心配のある子どものアセスメントとその保護者の相談業務を担当していました。
近年では、発達障害の認知度が上がったことで、保護者や周りが気づき、早いうちから受診や相談を開始するケースが増えている印象があります。言葉の遅れもなく、幼稚園や保育園でも一見普通に過ごしているといった、以前は乳幼児期に気づかれにくかった軽度の発達障害でも、早くから相談に訪れるようになりました。そのため、より精度の高い、きめ細やかな専門性が求められています。
乳幼児発達分野の心理士の役割には、アセスメントや相談業務に加えて、地域の母子保健にかかわる保健師へのアドバイスなど他職種へのコンサルテーションの役割がこれから期待されています。
乳幼児発達分野で働く魅力
乳幼児期は、発達の個人差も大きく、環境や受けた刺激によって変わる発達の可塑性(かそせい)も大きい時期です。同じ診断名がついていても、発達の経過や症状の現れ方は子どもによってさまざまです。関わる子ども一人ひとりによって新しい発見がある、奥深い領域です。
乳幼児の発達は、数多くの理論があり、未経験の方にとっては子どもの様子から何がわかるのかがつかみにくい領域かもしれません。
乳幼児発達の領域に興味はあるけれども、未経験で不安がある方、どんなことが求められているか知りたい方に向けて、押さえておくとよいポイントを挙げます。
① 子どもの目線に合わせて言動の背景を想像する
乳幼児発達分野がほかの領域と違う点は、相手が言葉をうまく使えない子どもであることです。相手を理解するのに大人のように言葉が使えない分、子どもたちの態度や表情から本音を想像する力が求められます。発達検査の場面で、なかなかお母さんと離れられない子どもも珍しくありません。
子どもが「やりたくない」「イヤだ」と言っても、それは必ずしも拒絶を意味するわけではありません。本当はやりたいけど、何をするかわからないから不安で、やることがわかって少しずつやってみたら楽しかった、ということもあります。逆に、初対面でもおしゃべりで人懐こい印象を与える子どもでも、内心は不安を抱えているということもあります。
「『イヤだ』と言うけれど本当はやってみたい」といった、繊細で、時にアンビバレントな心情を想像する。そして先回りし、「これならどう?」と提案する力が求められます。
泣いたり、乱暴になったり、こちらの誘いにのってくれなかったりするとき、慣れないうちは戸惑うこともあるでしょう。「不安なのかも」「興味がもてなかったのかな」「自信がないのかな」など子ども目線でいろいろな可能性を想像しながら関わることで、子どもたちも「この人はわかってくれる」と受け取ってくれ、関係をつくりやすくなります。
② 発達に関する知識と発達検査のスキル
乳幼児と関わるうえで、発達の知識は欠かせません。発達検査には多くの種類がありますが、よく使われるものは新版K式発達検査や遠城式乳幼児分析的発達検査です。初学者のうちは「この項目が通過するかどうか」と検査を取ることだけに必死で、一つひとつの項目の意味にはピンとこないかもしれません。検査を現場で使いこなすには、発達検査を取るだけでなく、ピアジェや太田ステージといった発達理論と検査項目リンクさせて理解することが必要です。
ミニカーの扱いを例に挙げます。「つかんで口に入れる」行動と、「手で走らせる」行動のどちらが発展的な行動でしょうか? ピアジェの理論でいうと、前者は興味を示したものに口や手を使って探索する「第2次循環反応」を示す行動です。後者は車を走らせるためにタイヤを転がすという「手段と目的の分化」が明確に見られる行動です。つまり、「手で走らせる」ほうが発展的な行動です。
検査や理論については多くの解説書が出版されています。観察スキルを磨くとともに文献での学習が大切です。
③ 最初の見立てにこだわらない柔軟な姿勢
相談に来る保護者からよく聞かれる心配事は「言葉の遅れ」です。心理士としては、遅れだけを見るのでは不十分で、その背景にある発達の特性を見ていく必要があります。背景を探ることで、その子どもに今、必要な経験や環境が見えてくるからです。
乳幼児期の支援では、年齢や場面によって示す状態像が変わってくることも特徴の一つです。2、3歳のころは多動が目立っていましたが、5、6歳くらいになると動きが落ち着き、逆にきっちりしないと気が済まないといった特性が目立つようになることもあります。また、ある場面では非常に大人しかった子どもでも、場面が変わるととても元気がよいこともよく見られます。子どもの成長を見据えて、心理職の見立ても柔軟に変えて見守る姿勢が必要です。
④ 障害や療育についての考え方を自覚する
「障害」や「療育」について、自分自身がどのようなイメージを持っているか一度考えてみましょう。療育は “治療” のようなイメージで認識されることがありますが、実際には、何かを治したり、苦手を克服したりするのではなく、その人らしく生きることを支援します。
発達障害は病気ではありません。その人の個性の一部です。発達障害の特性による困りごとを取り除く働きかけは行いますが、特性そのものは “改善” や “克服” と否定されるものはありません。
子どもの特性や遅れについて保護者と話す際、こちらは全く意図していなくても、「できない」「苦手=悪い」というニュアンスで伝わってしまうことがあります。「障害=治すもの、改善すべきもの」という価値観を持っていないか常に自問自答する姿勢が大事です。
支援者のちょっとした言葉の端々や、子どもを見る目に、自分が個人として持っている価値観が表れるのでしょう。保護者も敏感にそれを感じ取ります。子どもの特性を本人らしさ、良さとして受け止める姿勢は、そのまま子どもや保護者への肯定的なメッセージになります。
⑤ 保護者の気持ちに寄り添うこと
乳幼児期は親の関わりが大きく、保護者を支えることが特に大切です。発達相談では、診断をめぐっての葛藤にしばしば出会います。たとえば「発達障害ではないか心配だが、診断はされたくない」という言動は一見矛盾しているようですが、背景には保護者の揺れる気持ちがあります。
心理士は、子どものことを理解し、それをわかりやすく保護者に伝えることが良いと思ってしまいがちですが、正直に子どもの特性を伝えることが保護者を傷つけるだけになることもあります。
乳幼児期の支援で大切なのは、児童期、思春期、成人期とつながる支援の土台をつくることです。そのためには、保護者に「相談してよかった」と思ってもらうことが大切です。乳幼児期の支援では、子どもの特性について性急に理解を求めるよりも、保護者の気持ちの揺れに寄り添い、ともに子どもの成長を見守ることの方が必要な場面が少なくありません。まずは保護者の気持ちに寄り添って、タイミングを見極めて話を進めることが求められます。
おわりに
乳幼児発達分野で働くことを希望する方は、子どもが好きな方が多いと思います。臨床の場で出会う子どもたちが見せてくれるさまざまな姿は心の底から可愛らしく、その存在だけで和ませてくれ、元気をもらえるのは大きな魅力の一つです。
乳幼児期に良好な相談関係が築けた家族は、その後困難はありつつも、適切に周りを頼りながら社会で適応する方が多いです。乳幼児期の支援の大切さと、関わる側の責任の重みを感じます。
乳幼児期の支援には地域や支援者による差があると感じています。どの地域でも質の高い乳幼児期の支援が受けられるようになることを願うばかりです。
(文・ライター/公認心理師 川津香湖)
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