脳神経外科医として公認心理師の誕生に期待すること

滋賀医科大学神経難病研究センター
MR医学研究部門 准教授
椎野顯彦

病院における「心のケア」の必要性

厚生労働省の報告によると、2014(平成26)年度の自殺者は2万5千人で、その理由は多い順に、健康問題(全体の約半数)、経済・生活問題、家庭問題、勤務問題となっています。医療関係では、うつ病の患者数が112万人、認知症の患者数は、2020年には600万人と推定され、介護負担の増加が危惧されています。心理職の方には、専門職としてこうした人びとの悩みに触れて「心のケア」を行うことが期待されています。

病院ではがん治療、緩和ケア、精神科疾患など心理的な面で問題を抱えている患者さんが多いのに対し、十分な対応ができているとはいえません。寄り添いたいと思っていても、専門的な知識や技術がなく、失敗への恐れ、時間をとられることへの懸念などがあり、通り過ぎてしまっているのかもしれません。精神科を頼るにしても投薬が主体で、心理カウンセリングを実施しているところは少ないと思います。臨床心理士が配置されていれば状況も変わるのでしょうが、心理カウンセリングに関する認知度が低い、診療報酬の裏付けがなく雇用する余裕がない、などの理由で一般病院に配置されることはまれです。

臨床心理士(臨床心理技術者)関連の報酬としては、精神科リエゾンチーム加算(300点)、摂食障害入院医療管理加算(100~200点)、児童・思春期精神科入院医療管理料(2,957点)、通院・在宅精神療法/児童・思春期精神科専門管理加算(500点、1,200点)と、いずれも精神科関連に限られており、病院で期待されるほかの目的では報酬が得られません。しかしながら、心理カウンセリングの必要性は誰もが感じていることであり、今後は公認心理師を前提とした新しい診療報酬が生まれてくるでしょうし、病院も必然的に公認心理師を採用していくものと思われます。

脳神経外科領域での活用

脳神経外科領域でも、術前術後のカウンセリングや高次脳機能の評価など心理職の方にお願いしたいことが多くあります。脳神経外科では“eloquent area”を温存するような手術計画を立てますが、eloquent areaとは1次運動野・知覚野、言語中枢、視覚中枢など、損傷すると明らかな障害として症状が出る領域を指します。一方、“non eloquent area(silent area)”は、たとえば前頭葉前部、側頭葉の先端部や島回など、損傷しても比較的症状を呈さない領域で、治療上、やむを得ない場合には犠牲にすることがあります。また交通事故などでこの領域の損傷があっても軽視されがちです。損傷の内容や程度は、第三者からは気づかれないだけであって、本人は何となく「おかしい」と感じているのではないかと思います。どのような高次脳機能がどの程度損傷されているかを医療チームは把握して今後の医療に生かすべきですし、当事者にも説明されるべきだと思います。入院中には問題にならなくても、社会復帰の段階で心のケアを必要とする患者さんは多いはずで、当初から見守っていてくれる心理職の方の存在は大きいといえます。

診療報酬のこれから

今後、公認心理師が医療分野でどのようになるかは、リハビリテーション(以下、リハビリ)の歴史が参考になるかもしれません。理学療法士および作業療法士法は1965年に成立し、翌年には国家試験が実施されました。しかしながら診療報酬として認められたのは1974年で、試験から8年もかかっています。言語聴覚士に至っては理学療法士および作業療法士法の成立からじつに30年以上も経過しています。手足の障害と異なり、言語や音声の機能は一般に捉えにくく、リハビリの必要性が社会や行政に認知されにくかったことが一因と思われます。診療報酬が認められたことを契機に、リハビリの世界は一変しました。患者さんはリハビリを受ける機会が増え、それに応じてリハビリ専門職を目指す学生も増加、学術的な分野も生まれ、最近では人工知能やロボット工学、脳機械インターフェイス(brain-machine interface;BMI)といった新しい産業創生に発展しています。心理療法関連も将来は同じような道をたどるはずですが、リハビリの歴史を見ると一足飛びというわけにはいかないと思われます。心理の領域は、言語聴覚士以上にその効果の評価が難しく、有効性が浸透するには時間がかかりそうです。少しでも早くするためには心理職側が積極的に医学関連学会に参加してアピールすることも重要です。

イギリスにおけるIAPT(Improving Access to Psychological Therapies:心理療法の推進企画)は有名ですが、医学界での認知は低いかもしれません。うつ病や不安による経済的損失は年間3兆円ともいわれ、医師による治療は十分に行えていないのが現状です。薬物治療ではなく心理援助を必要とするケースが多くあるにもかかわらず、医師を含めて心理療法ができる専門職が不足しています。認知行動療法(cognitive behavioral therapy;CBT)は診療報酬として日本でも認められていますが、実施者は医師、あるいは医師と看護師となっており、実際に行える医師は一部の精神科医に限られています。IAPTではCBTなどの治療に心理職が参加することの重要性が示されており、日本においても公認心理師が医療に参画するのは時間の問題と思われます。

心理職は「一期一会」の仕事

さて、この寄稿を読んで皆さんはどのように感じられたでしょうか。公認心理師はまさしくこれからの日本を担う期待の大きい資格であると感じてもらえれば幸いです。将来は公認心理師の上に、医療、福祉、教育、産業、司法の各分野における専門心理師の制度も生まれてくるはずですし、医学博士の課程も出てくると思われます。これから公認心理師をめざす方がたにとっては未知の分野で不安も多いと思いますが、挑戦してみてはいかがでしょうか?

リハビリ専門職の経緯を見るとしばらくは忍耐が必要かもしれません。しかしながら、皆さんの仕事は医師や看護師、リハビリ専門職、介護士などと同じように、産業や司法などを含めたらそれ以上に広い世界において、人びとと直接触れ合う一期一会の仕事です。皆さんとの出会いが、ある人の人生に大きく影響するかもしれません。「師」を名乗る以上、将来は、医師や看護師と同じように業務独占資格として社会的な地位を占めるにふさわしい職種のはずです。看護職もかつては3K(きつい、汚い、危険)といわれる時代がありましたが、看護助手などの参加もあり、本来の仕事ができるように改善されてきました。皆さんが積極的に病院での仕事にも参加して、ともに社会に貢献してもらいたいと望んでいます。

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