組織への介入を通して個人を守る|New Wave!産業分野で活躍する心理士たち

「New Wave!産業分野で活躍する心理士たち」では、産業分野で働く心理士に焦点をあて、働き方の実際や取り組みを紹介します。


ダイハツ工業株式会社 管理本部 安全・健康推進室
健康推進グループ メンタルサポートチーム 臨床心理士・公認心理師
春藤行敏

4名の心理士によるメンタルサポート

ダイハツ工業株式会社では、ストレスチェックの義務化に伴い、2015〜2016年に3名の臨床心理士を採用しました。背景として、臨床心理士を雇用しメンタル不調者が減少した企業をベンチマークし、当社の心理士採用に至っています。

現在、当社ではさまざまな形での組織介入により、メンタル不調者の数は減少しています。そして、社内でのメンタルヘルスの取組みが幅広く周知され、早めに相談につながるケースが増え、相談件数が倍になったことから、2019年度から臨床心理士1名が加わりメンタルサポート体制を強化しています。

いま、メンタルサポートチームは6名で構成され、臨床心理士のほか保健師2名が所属しています。メンタルサポートチームの業務は、①個別相談(カウンセリング、コンサルテーションなど)、②メンタル不調者の職場復帰支援、③ストレスチェックの企画・運営、④各種研修の企画・運営など、全社のメンタルヘルス対策の企画・推進を行っています。臨床心理士、保健師が協働し、個々の強みを生かしながら1次予防〜3次予防まで幅広く対応しています。

ストレスチェックを通した経営層への介入

現在、私は主に1次予防に関する業務を担当しています。具体的には、①ストレスチェック後の集団分析、経営層や部長職への集団分析結果のフィードバック、職場改善活動の企画・実施、②人事や職場と連携した各種研修の企画・実施(セルフケア、ラインケア、傾聴、アンガーマネジメント、レジリエンスなど)です。

入社当時、心理士がどう働くかという仕組みが社内で明確に確立していたわけではなく、苦労することも多くありました。そのため、業務フロー(体制づくり、役割分担、他部署連携など)、フレームワークをつくることにかなりの時間を費やしました。

入社と同時に始まったストレスチェックは、当初は社内の風当りが強いこともありました。結果は部署の成績表として捉えられかねないため、どういった指標なのか、どのように活用することが望ましいのかなど、繰り返し丁寧に説明していきました。導入から4年経ち、ストレスチェックの回収率は98.8%となっています。詳細な集団分析結果は、社長・役員・部長・課長などに、役員会、安全衛生委員会、結果報告会、個別フィードバックなどの場を通じて共有しています。

ストレスチェックやメンタルヘルスへの関心を高めるためには、一人ひとりの「自分ごと化」が必要です。そのためにはイベントを企画して集客し、全体的に結果をフィードバックするとともに、職場として実際にどうするかを管理職と共に考えていきます。

ストレスチェックをきっかけにした組織への介入は、職場全体の底上げにつながるだけでなく、個人を守ることにもつながります。

経営層の理解の必要性

メンタル不調者を減らす大きな要素の一つは「経営層の理解」です。当社では、ことあるごとに社長が「安全・健康・品質第一」というメッセージを発信しているため、社員のベクトルが同じ方向に向きやすくなっています。

毎年、経営層にも、ストレスチェック結果を個別に伝え、一緒に職場風土について考えてきたことで、だんだんと関心をもっていただけるようになりました。経営層は数字やデータに強い関心があるので、数字だけが一人歩きしないよう留意しつつも、数値から考えられる仮説、対策などをフードバック時に盛り込むようにしています。

ストレスチェックを毎年行うことで、多少の数値上の改善・悪化は見られると思いますが、「いきいき働ける職場になってきた」「働きがいが出てきた」と真に実感できるようになるのはもう少し先のように思います。毎年、ストレスチェックという一つの指標をもとに、経営層と職場風土について考える時間をつくる中で、健康面から職場風土に少しでも貢献できる部分があればと願っています。

企業ではたらく心理士の専門性

「心理士の専門性」という言葉をよく耳にしますが、専門性とは何でしょうか。その専門性は個人や組織のためになるのでしょうか。個人的には、心理職であることは社内のメンタル不調者を減らす一つの手段にすぎないという面があると思います。つまり、専門職すぎないというバランス感覚が企業で働く心理士には求められます。

また、企業で働く心理士にはコンサルテーション能力、つまり「伝える力」が必要だと考えています。心理士は、相手の話を聴く訓練ほど、相手に伝える訓練を行っていません。ただ、日々の中で、相手にどのように話せば伝わるかを想像し、仮説を立て対応していく中で伝える力を身に付けていくことができるのではないかと思います。限られた時間の中で相手の行動変容を促すには「自分ごと化」してもらうことが必要で、そのためには伝える力が不可欠です。

個人・組織へのサーベイリサーチも欠かせません。産業分野では未然防止、未来思考の視点が求められるため、仮説をもとに施策を立て、PDCAを回し、実証できるレベルで効果を示すことが必要です。

心理学研究のフィールドとしても面白い

産業分野における心理士は採用拡大、常勤化の流れにあると感じています。組織の状況を理解した上で、多様なニーズに柔軟に対応できる力が求められていくでしょう。

産業分野で働くことは、私自身とても面白いと感じています。なぜなら、例えば30歳で入社した方がいたら、定年するまで約30年間の働きぶりを見ることができるからです。長期間にわたってその方の人生に寄り添うことができる、そんなフィールドは多くはありません。同時に、組織という集団を動かせる、組織の生産性に健康面からアプローチできるというダイナミックな働き方ができる点も産業分野の醍醐味です。

産業分野の心理士は、心という曖昧で目に見えないものに思いを馳せるという心理士としての基本的な要素とともに、経営的な視点ももたなくてはならないと考えています。さまざまなメンタルヘルスの取り組みが組織にどのように貢献しているのかを検討し、未然防止を含めて組織にどのようにアプローチしていくかを模索し続ける姿勢が求められると思います。

 

(取材・文 こころJOB編集室)

 

*本記事は、弊社刊行『産業保健と看護』2019年11巻6号に掲載したものを転載・一部改変しております。『産業保健と看護』の詳細はこちら(メディカ出版ホームページに飛びます)

 

 

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