組織の中で連携しながら健康をサポート|New Wave!産業分野で活躍する心理士たち
「New Wave!産業分野で活躍する心理士たち」では、産業分野で働く心理士に焦点をあて、働き方の実際や取り組みを紹介します。
三菱マテリアル株式会社
ガバナンス統括本部安全・環境部 安全衛生室 副調査役
臨床心理士 保健師
藤里智子
保健師から心理士への道
2008年に三菱マテリアルに入社しました。「メンタルヘルス対策の体制を構築して欲しい」という重責を担い、微力ながら奮闘の日々が始まりました。
もともとは保健師として、看護学部卒業後、他の企業で働いていましたが、心を病む社員が少なくなく、自殺に至るケースもありました。メンタルが不調なスタッフへの対応の難しさを実感し、大学院で臨床心理を学ぶことを決めました。メンタルヘルス分野の第一人者、森崎美奈子先生のもと臨床心理士の資格を取得し、先生の後任として、当社に入社しました。
メンタルヘルス対策は、現在は独立した安全・環境部安全衛生室が担い、スタッフも充実してきましたが、入社時は人事部の中にあるこじんまりとした部署でした。当時は経営会議にも出席でき、社長との面談で提案をする機会にも恵まれました。今も、健康経営推進派の役員が活動を後押ししてくれるなど、理解ある環境に感謝しています。
メンタルヘルス対策拡充の契機となったのは、2014年に起きた四日市工場での爆発火災事故でした。メンタルヘルス対策が最重要課題となり、当社グループの行動規範「安全と健康をすべてに優先する」がさらに加速。臨床心理士をはじめとする産業保健スタッフは常勤となりました。今はさらに非常勤も含めて全国に6名配置されています。
細やかなメンタルヘルス対策
業務はおもに衛生担当で、メンタルヘルス対策の企画運営を担当しています。メンタルヘルス一次予防には、継続的に取り組むラインケア研修やセルフケア研修があり、管理監督者を対象としたラインケア研修では、本社の臨床心理士が2年サイクルで社内の全拠点を巡回しています。
海外赴任者や階層別のメンタルヘルス研修も実施しています。2016年度からは、ラインケア研修での各拠点巡回に合わせて、入社3~4年目の全社員を対象に面談を実施し、不調者を未然に防ぐことに努めています。非常勤の臨床心理士が対応し、2年かけて約300人と面談しています。
最近の取り組みでは、欠勤者のデータ分析によって、ベテラン社員の不調の可能性が抽出されたため対策を講じなければと提案し、2019年より入社30~31年目の全社員に面談を行うことになりました。
セルフケア研修は、各拠点より選任された担当者がCSRや人権をテーマとした講師養成研修を受講し、各拠点に戻って講義をしてもらい、一年かがりで全社員へ展開しています。
二次、三次予防としては、メンタルヘルス不調者へ各拠点の産業保健スタッフによる面談や相談を継続的に行うほか、外部のリワークプログラムも活用し、円滑な復職と再休職の防止に努めています。
再休職を減らす復職プログラム
健康に関する相談数は、年間延べ300人ぐらいですが、復職の相談も多くあり、本人だけではなく上司からの相談もあります。不調を訴える部下にこわごわ接するだけだったり、良かれと思って行ったことが裏目に出たり…。上司も悩んでいます。
そこで、人事部が作成した復職プログラムをより円滑に進めるために、コンパクトにまとめた冊子や本人に渡す「療養の手引き」などのマニュアルを作成し、イントラネットを使ってグループ会社で共有しました。明確なガイドラインがなかった復職の基準も定めました。以降、職場に復帰をしても再休職となるケースが減ったように感じます。
当社は、社員に優しい企業だと思います。勤続10年以上だと、有給休暇が半年間、無休休暇を含めると2年間まで休職が可能です。そのため、しっかり休んでコンディションを整えてから、復帰をしてもらいたいと考えます。
社内ゆえの、“信頼” “共感”
産業保健スタッフを外部に委託する企業もありますが、当社は、産業医はもちろん、看護師、保健師、臨床心理士全てが社員です。
社内にいる一番のメリットは、組織の動きがダイレクトに伝わる点にあります。人間関係はもちろん、業績などもメンタルに影響しやすいため、不調になりやすい社員の予測が立てやすくなるのです。
災害の危機管理など社外にデータを公表しにくいケースもありますし、社員の人数を増やすなどの構造を変える提案は、社内スタッフではないと難しい場合もあると考えます。
社員からは、「面識があるから安心」「社内の事業を把握しているぶん、気持ちが分かってもらえる」など信頼を得ることにつながっています。
最近では、産業保健スタッフの役割が認知されつつありますが、当社でも産業医に加え、看護師、保健師を社内に置いてチームで協働する必要性を提案し、導入につながりました。地道な活動が事例を生み、必要性が理解されたのだと思います。これからも連携しながら、手厚いサポートができるように努めていきます。予想外のことも起こりますが、その都度軌道修正をしながら、進めていきたいと思います。
心の問題は、心の専門家に
保健師として働き、さらに臨床心理士の知識を得て分かったことは、保健師は、体も心も診ることができますが、心の問題が深刻になったケースでは、やはり心の専門家の出番だということです。
援助職の人たちはハートが熱いゆえに感情が先に立ち、視野が狭くなってしまうことがあります。相談者と適切な距離を保ち、冷静に対応するためには、カウンセリング技術を身につけたプロフェッショナルが不可欠。
本社には、私と入社3年目の臨床心理士がいますが、彼もいったん社会に出てから再度大学院に進学し心理学を学んだ1人です。組織で働いた経験があるので、実感をもって社員に寄り添うことができていると感じます。
企業という組織の中で社員の健康を守り、さまざまな社員と協働する醍醐味を感じられる人には、産業分野の心理職が向いていると思います。働き方が多様化すればするほど、悩みも複雑になります。「公認心理師」という国家資格も誕生したことから、産業分野においても心の専門家の活躍の場は広がっていくと確信しています。
(取材・文/医療ライター 木村裕子)
*本記事は、弊社刊行『産業保健と看護』2019年11巻4号に掲載したものを転載・一部改変しております。『産業保健と看護』の詳細はこちら(メディカ出版ホームページに飛びます)