第3回 心理職の産休・育休について考えよう~育休後コンサルタント®山口理栄先生へインタビュー(後編)~|そのモヤモヤを一緒に解決しませんか?

臨床心理士・公認心理師
にしむら


「(産休・育休にまつわる環境が)心理職はあまりにひどい……」

本連載で実施した、心理職の産休・育休に関するアンケートへの山口理栄先生(育休後コンサルタント®)のコメントです。

今回は、産休・育休にまつわるモヤモヤの解決法を探ります。アンケートへの意見のみならず、具体的な情報や専門職としてのあり方、社会の中で生き抜く姿勢まで話が及んだ白熱のインタビュー内容を前編・後編に分けてお届けします。

前編は心理職の産休・育休の現状分析と解決法、後編は心理職が生きるためのヒントです。お読みいただければ、モヤモヤに一条の光が差すはずです。

 

インタビュー前編はこちら

「しわよせ」は組織全体のマネジメントの問題

―― 職場内でギャップが生まれることも産休・育休の特徴だと思いますが、ギャップを埋めるための取り組みにはどんなことが考えられますか?
山口 それは本人のやることではありません。法律に基づいて、育休を取り時短で働いているわけです。制度に則ってルールと就業規則を使うことは、何らその人に責任はありません。そのせいで周りの人にしわよせがいくとしたら、それはマネジメントの問題です。

たとえば病院では、看護師に長く働いてもらいたいので院内保育所を設置しています。しかし、看護師の子どもだけで定員に達し、医師が利用できないケースもあると聞きます。医師でも、女性の医師はさらに立場が弱い。看護師は、長い歴史を闘って勝ち取ってきました。そこから見ると、女性の医師の産休・育休後の復帰は難しい。まったく心理職と同じ背景があります。

しかし中には、専門医コースの講習参加の期限を延長するなど、女性の医師を大切にしている病院もあります。経営者がフォーカスを当てて運営していれば、周りへの配慮も行われるはずです。

ですから、本来は、そういったことは本人たちが考えることではありません。そういうことを想定した職場の運営ができていない、経営者の問題です。誰かが休むときは引継ぎをこうする、ここは誰にカバーしてもらう、1年経ったら戻ってきてもらう、新たな仕事にはこの人を配置するなど、あらかじめ計画できるはずです。だけどそれをやらないから、周りの人が困る。そこで本人同士で解決してくださいというのはおかしい。

 

―― 上の立場がやるべきこと。
山口 本人同士で解決しようとしてもできないんですよ。働いている側が問題提起をして、経営者に入ってもらい、うまくいっている事例を職場と共有していかなければいけません。

今日、明日で改善しなくてもできることはあります。産休・育休を取得しているとき、周りの人は大変かもしれませんが、将来的には、子どもが成長したら人出不足は解消しますし、その人が上の立場になれば若い人が安心して産休・育休を取ることができ、スタッフが定着し、安定したサービスを提供できますよね。

短期的には大変かもしれませんが、長期的なメリットがたくさんあることを理解してもらいたいですね。続けて働いてもらうことがどれだけ職場のために良いか。そういうことをちゃんと論理的に理解してもらったうえで、制度を使う側は、急に退勤したり休んだりすると迷惑がかかるので、日頃から情報共有をしておきましょう。大事な会議などがあるときには、ファミリーサポートやベビーシッター、パートナーとの協力体制をつくることで、責任ある仕事を続けることができます。こういった手段を職場が教えてあげてほしいと思います。手段を知っても抵抗がある人がいるので、そこは実際に使って両立している人に話をしてもらいます。職場と、制度を利用する側の両方からのアプローチ、つまり、本当に大事なのは経営者、トップですね。

あなたの動機づけは?:一生もののキャリアとともに描く道

―― 自分や自分の周りだけの問題にせずに、就業規則、経営、家庭、コミュニティへと視野を広げながら、出産、産休・育休をどう自分の中で落とし込んで続けていくかが大事なのでしょうか。
山口 そうですね。一人ひとりが「何のためにこの仕事をしているんだろうか」と考えることに尽きますね。自分は何の問題を解決したくて仕事をしているのか。「ここで働きたいから」じゃないはずです。皆さんがこの仕事を始めたのは、社会の中でこういう問題が起きている、だからこういう人を助けたい。自分がこういう経験をした、こういう経験をする人をなくしていきたい。そういう動機があると思います。それを自分の中で確認しながら、今この職場でこの仕事をしているけど、うまくいかないなら他の仕事を探す。視野を広げていく。そして出産・育児を経験する少し前にここでは無理だなと思ったら、職場を変えるために立ち上がるか、次に移るかですよね。そういう考え方です。自分のキャリアを一生ものとして見据えているかです。腰かけ的には、この仕事には就かないでしょう。

 

―― そう思います。
山口 働くには、何らかの動機があります。私はもともとエンジニアで、育児と仕事を両立してきました。しかし、「社会が変わらないと。これは絶対おかしい、筋が通ってないぞ」と気づき、自分の娘が大人になったときに、このようなことで悩まない社会にしたいという強い思いのもとでやってきました。皆さんにもそういう思いがあるはずです。思いを確かめながら、同じ立場の人と情報交換したり、つながったり、勉強したりして職務を全うしていく。道を探し続けるみたいな。そういう意識があると良いのではないでしょうか。

一時的に辞めざるを得なかったとしても、落ち着いたら次はこういう所で働いてみたい、そのためにもっと勉強した方がいいのなら、大学に行ったりオンラインで学んだりしながら、次のステップに進む。自分の中で道筋が描けていれば、長くその仕事を通じて自分の成長や達成感も得られますし、社会にも貢献できるのではないでしょうか。

 

―― 自分を軸にして自分の道をどうつくっていくか、でしょうか。
山口 そうですね。会社員だと1回就職すると10年くらいは継続して働けますが、皆さんの仕事はそうでもないようです。それならしっかりと軸を持って、自分自身を、自分で稼いだお金を使って高めていきながら次のステップに進んでいかなければいけないのではないでしょうか。

 

―― 闘う余地や、闘う価値がなかったら早々に切り上げて自分の大事なことを中心に。その際には口コミなど情報を参考に、自分に合ったところを選んでいく。
山口 次を選ぶにしても皆さんで情報共有されていることが重要ではないかと思います。あとは、パートナーの協力が欠かせない。

 

―― アンケートの回答者はほとんどが女性の心理職で、自由記述からもパートナーの存在が感じられませんでした。
山口 たとえば女性の会社員だと、正社員として仕事を継続でき、毎月給料があって家賃や教育費に充てられるという確信が持てるため、パートナーと対等に、きちんと両立について話せる人が増えてきました。しかし、心理職は雇用が安定していないから、そこまで強くパートナーに言えないケースも多いのではと思います。そこも含めて非常に難しい。ただ、そのときに鍵となるのは自分の強い意志です。今はこうだけど、この先こういうことをしたいから勤めたいと思っている。次のステップとしてここで働きたいからあなたにサポートしてほしい。資格のための勉強がしたい、と。自分の気持ちを前向きにパートナーに伝えて協力が仰げるかどうかですね。

 

―― 前向きがポイントでしょうか。
山口 自分自身が確信を持つのは難しいかもしれないけど、熱意をもってパートナーに語れるかが大きいと思います。

積極的な発信を:企業が心理職に求めるもの

―― 先生は企業での経験が豊富ですが、企業で働く方に心理職ができること、期待されていることは何だと思われますか。
山口 企業で働く心理職のキャリアパスには詳しくありませんが、いま企業では「健康経営」というキーワードが注目されています。人口が減る中で労働者がメンタルヘルスの問題を抱えたり、病気になったりすることは企業にとってマイナスです。心理職には、そこのアドバイスや専門的な意見をすることが期待されています。経営関係の部署や、担当者にアドバイスできる知識やスキルを身に付けていたら良いと思います。

 

―― 個人だけでなく組織に働きかける。
山口 
個人で受けた相談内容を公開することはできませんが、たとえば10人にカウンセリングを行ったとしたら、総合して、問題点を抽出することはできますよね。全体的に働く時間が長すぎるのではないか。在宅勤務での労働時間がコントロールできていないのではないか。在宅勤務が多くなって運動量が足りていないのではないか。専門家として積極的にアドバイスしていくことが大事です。企業にとってメリットがあれば雇用は安定すると思いますし、契約社員であっても契約がしっかり更新される、更新が決まっていれば育休も取れます。組織に貢献することを意識して、発信していくことが大切だと思います。

 

―― 受け身になるのではなく発信していく。
山口 あとは、正社員でもそうですが、副業をもてる時代になっています。心理職が時間の制約があったり不定期の仕事であったりするなら、副業をもつ。そこで専門的な情報を発信するとか、自分の専門性を活かして複数の場所で働くとか。本業がだめでも副業でつながった人から紹介されるなどもあるかもしれません。専門家として成長を続けることで組織に貢献し、自分の価値も高めることができ、多少のブランクがあってもキャリアを積んでいくことができると思います。

 

―― 重要なお話をおうかがいできて本当にありがたかったです。このたびはありがとうございました。

おわりに-モヤモヤしている場合じゃない-

「怒っていい、諦めないで、もっと賢く、もっと強く生きていける、そうでしょ?」

筆者が先生から受け取ったメッセージです。モヤモヤの中に居続けてはいけないと、強く感じました。

2021年現在、労働者として「後れをとっている」と言われた心理職の業界。少子化が進む中、心理職が選ばれる職業として良い形で残っていくために、労働環境の問題は後回しにはできません。これは心理職のためだけでなく、志望者のため、すべての支援対象者の方々ため、ひいては社会のためでもあります。

さあ、どう考え、どう動いていけばよいでしょう?

モヤモヤの一歩先へ。次回は「心理職の産休・育休について考えよう」シリーズの最後として、特定社会保険労務士の福島通子先生に解説いただきます。

 

モヤモヤ解決のヒント
①「しわよせ」は経営側の責任、当事者同士は長い目で見てサポートし合おう
②自分らしいキャリアを描き、前向きに人に語ろう
③積極的な発信力が企業に役立つ

 

■インタビュー前編はこちら


山口理栄先生略歴
1984年4月 総合電機メーカー入社。ソフトウェア開発部署にてソフトウェアの設計、開発、製品企画などに従事。2度育休を取り、部長職まで務める。2006年から2年間、社内の女性活躍推進プロジェクトのリーダーに就任。
2010年6月 育休後コンサルタント®として独立。企業や官公庁・自治体を対象として育児中の社員・職員向け研修、およびそういった部下を持つ管理職向け研修を提供。法人向け研修は年間約200回実施している。
個人向けには2011年から育休後カフェ®、育休後面会相談などのサービスを提供している。
育休後カフェは全都道府県実施まであと18府県。
2021年より株式会社山口企画会社代表取締役。

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本連載は、皆さまの「モヤモヤ」を語り合い、正体を明らかにし、解決につながる場所になればと考えております。ぜひ、ご意見やご感想、取り上げてほしいテーマなどを教えてください。

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