Report|第29回日本産業ストレス学会:現場から発信!明日へつなぐ〜チームで進める産業ストレス対策〜
2022年3月25日(金)〜26日(土)、ウインクあいちで第29回日本産業ストレス学会が行われました。大会長を務めたのは石川浩二氏(三菱重工業株式会社大江西健康管理チーム)と髙﨑正子氏(キオクシア株式会社人事総務部安全健康グループ)。新型コロナウイルス感染対策のため、ライブ配信ならびにオンデマンド配信も準備され、合計で1,300名を超える参加者が集まりました。
大会長講演1「事業場内メンタルヘルス専門分科会と進める産業ストレス対策〜働き方改革と快適職場づくり〜」
髙﨑氏はキオクシア株式会社四日市工場の各種専門委員活動を踏まえたストレスへの対策を説明しました。健康づくりに関わる健康・衛生管理活動(THP・MHP)委員会は産業保健スタッフと従業員とで構成され、イベントの企画・運用、メンタルヘルスに関する一次予防活動を担っています。メンタルヘルスはMHP専門分科会が担当し、「メンタルヘルスケアの教育研修・情報提供」「職場環境等の把握と改善」に関わります。定期的なコミュニケーション支援、職場の実態や従業員のニーズに応じた情報発信、相談がしやすい環境整備を主な役割とし、ハイリスクアプローチだけでなく、組織全体のメンタルヘルス対策を行います。
髙﨑氏は、VUCA※の時代である今、たとえば感染症対策には健康管理室だけでなく関係部署や関係者間の連携が必要であるように、変化に強く多様性を生かした組織の活性化が求められると話しました。
※VUCA:変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)の頭文字を取った造語。先行きが不透明で将来の予測が困難な状態を意味する。
大会長講演2「ストレス調査からストレスチェック〜自殺者3万人時代を乗り越えて〜」
石川氏は、ストレスチェック制度が施行された背景と動向について、2つの事業所での取り組みを振り返りました。個人のストレス調査活動から始め、その次は職場の環境改善を行うといった、個人から集団へと施策を展開したことが共有されました。
ストレスチェックにおいては、制度の流れに触れつつ集団分析後の対応を紹介しました。マンネリ化や形骸化を防ぐために結果を単に説明するのではなく、ワークショップや管理職教育を行うなどマイナーチェンジを重ねてPDCAサイクルを回してきたこと、また職場改善事例集を作成し効果を提示していることなどが挙げられました。
教育講演4「メンタル・クエスト〜職場復帰を阻むモノの正体〜」
復帰意欲があるにもかかわらず休職期間が長引く、復帰しても再度休職を繰り返す、いわゆる難治性のケースがあります。これらの理解につながるとして、鈴木裕介氏(秋葉原内科saveクリニック)は自律神経に関するポリヴェーガル(迷走神経多重支配)理論とトラウマについて解説しました。
従来、自律神経は交感神経と副交感神経の二元論で説明されていましたが、副交感神経の80%を占める迷走神経には背側迷走神経、腹側迷走神経があることが分かりました。これはトラウマ臨床の方面に大きなインパクトを与えました。
交感神経はストレス状況を制御します(闘争−逃走反応)。腹側迷走神経は安全・安心な環境でコミュニケーションを取ろうとする社会的関与に、背側迷走神経は不動化(凍りつき、フリーズ)の防衛反応に関わります。
トラウマとは、衝撃的な体験や慢性的なストレスによって刻まれた身体的な手続き記憶です。
ストレッサーに対して疲憊期(ストレスへの抵抗力が下がる時期)にあるとき、交感神経系の反応では説明のつかない抑うつ、脱力、意識レベルの低下が見られます。これは背側迷走神経によって、防衛としての解離が起こっているといえます。ストレスとトラウマは類似していますが、ストレスは交感神経系、トラウマは背側迷走神経の働きに関係し、治療方法も異なります。鈴木氏は、「これまでストレス反応とされていた中に、トラウマ反応とすべきものがあったのではないか」と指摘しました。
難治性のケースの場合、相談者がトラウマ体験を抱えていることがありますが、トラウマセラピーを導入しているケースは多くありません。今後のアプローチとして、「トラウマという視点をもって心身を読み解く“トラウマ内科“ともいうべき専門性がプライマリ領域の新たな地平となるのではないか」と締めくくりました。
シンポジウム6「好事例でつながる!チームで進める転換期の産業ストレス対策」
白田千佳子氏(株式会社エクサ人事部健康相談室)は、「職場における関係づくり」の施策を取り上げました。2年目社員面談での「横のつながりに不安を感じている」という意見に対しては、コミュニケーションを活性化するゲーム(うそ?ホント?ゲーム)を導入し、この取り組みが社内全体へと広がったことを紹介しました。そのほか、衛生講和が職場の雰囲気づくりに役立ったこと、社内連携の工夫などにも触れ、「健康づくりの前に関係づくりが重要で、平時から必要な動きをすることが大切」とまとめました。
島津美由紀氏(ソニーピープルソリューションズ株式会社健康開発部)は、コロナ禍での働き方の変化に伴い、個々の社員のメンタルケアに対応すべく「メンタル・フィジカル健康管理サーベイ」を作りました。その結果をもとに、各社人事とのコミュニケーションツールの作成や、ラインケアへの支援(在宅勤務下での部下へのケアTips集の共有)、社員への支援(在宅勤務下での相談ポイント集等セルフケア支援ツール、コミュニケーション会の開催)といった具体的な施策を関係各所と連携しながら行ったことを報告しました。
森口次郎氏(一般財団法人京都工場保健会産業保健推進部)は、嘱託産業医として職場環境改善に介入したケースと、労働衛生機関としてストレス対策を行ったケースを説明しました。職場環境改善では、新入社員の不調について常勤の産業看護職と共有し、オンラインワークショップを実施しました。労働衛生機関でのストレス対策では、多職種での定例ミーティングで各職場の状況を意見交換し、ラインケア研修や心理職による研修につなげました。さまざまな事業所へのアプローチのコツとして、「ニーズにあわせて法律上必要なことから介入するなど、コミュニケーションを取りながら段階的に行う。産業医ができることをアピールすることもある」と述べました。
桜井伸子氏(株式会社ブリヂストン健康経営推進課)からは、全社の体制整備について発表がありました。同社では2020年に健康経営方針を策定し、「喫煙」「がん対策・健診充実」「メンタルヘルスケア」など6つの重点施策を定めました。まず枠組み(メンタルヘルス教育の全社体系構築、安全衛生委員会での標準化審議項目作成など)を作りましたが、全社へ広げるには現場の理解が必要とのことで、経営の承認を得て事業所長(工場長)に協力を依頼、次に各事業所の産業医・産業保健スタッフ・総務責任者を巻き込み、最後に各事業所の要として有資格者(衛生管理者、看護師など)からメンタルヘルス推進担当者を選定するなど、1年半かけて体制構築したことが報告されました。今後の課題として、増え続けるニーズへの対応やリソース確保を挙げ、より中身のある施策にするため検討を重ねていると話しました。
教育講演1「コロナ禍における依存症~アルコールとネット依存症について~」
アルコール依存症
真栄里 仁氏(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター教育情報部)は、はじめに新型コロナウイルス(COVID-19)とアルコールの関連を説明しました。現状ではコロナ禍で全体の飲酒量は減少していることが明らかとなっていますが、飲酒パターンの変化(外飲みから家飲みへ)や、飲み方の変化による問題飲酒の潜在化(二日酔いでの出勤、遅刻・欠勤など飲酒問題のサインが見えにくい)、感染対策上、対面や集団での介入が困難であることなどから、飲酒問題が悪化している可能性を指摘しました。今後は、社会不安などに伴う飲酒量の増加が考えられるため、産業保健スタッフは積極的に取り組んでほしいと訴えました。
アルコールの治療として、①認知行動療法、②自助グループ、③通院、④薬物療法を紹介した上で、心理社会的治療の重要性を強調しました。「アルコール依存症では、人間関係などさまざまなものを失ってから、ようやく治療につながる。しかし孤独であれば、またお酒につながる」と、治療成績の不良要因について述べ、早めに治療につなげる大切さを話しました。
ネット依存症
松﨑尊信氏(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター精神科)は、同院で治療を行っている子どものゲーム依存を中心に解説しました。コロナ禍で、10~20歳代の自殺死亡率が上昇していることに言及し、「孤独が子どもたちに影響を及ぼしているのではないか」と述べました。
なぜ子どもがゲーム依存に陥りやすいかについて、人間の5つの欲求(必要とされたい、話したい、自分をさらけだしたい、勝ちたい、つながりたい)を挙げ、これらが10代の欲求と親和性が高いことを示しました。そして、これらを簡単に満たせるのがネットゲームだと説明しました。
人間の脳にはアクセル(本能、大脳辺縁系)とブレーキ(理性、前頭前野)が備わっています。子どもたちは理性が未発達で、ブレーキが利きづらい状態です。さらに現実世界のストレス(学校・友人関係、進学・就職、家族の問題)もあいまって、ネットの世界で得られる「注目」「承認」「賞賛」「尊敬」「心地よい、強固な人間関係」によってゲームにはまってしまうのです。
松﨑氏は、ゲーム依存の一番の問題として「時間が失われること」を挙げました。質疑応答では、「休職者でも、パフォーマンスが上がってこず、よくよく聞いてみると夜中にゲームをしている人が多い」という意見があり、松﨑氏は「ゲーム依存で外来にくる人は、子どもの様子に気づき親が病院に連れてくるパターンがほとんど。そのため、成人の場合のゲーム依存を見つけるには、なぜ眠そうにしているのかなど、産業保健スタッフが気づいて声掛けをしてほしい。リアルなつながりも大切にしてほしい」と回答しました。
教育講演2「コロナ禍における職場のメンタルヘルス対策をとりまく行政の動き」
精神障害等の労災請求件数は増加しており、職場においてメンタルヘルスに問題を抱える人は増え続けています。髙倉俊二氏(厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課)は、「人によって何にストレスを感じるかは異なる。想像の幅を広げることが大事で、行政としても柔軟に対応したい」と述べ、さまざまな取り組みを紹介しました。
ストレスチェックにおいては、実施するものの集団分析や職場環境改善につながっているケースは多くありません。ストレスチェック制度の効果向上、テレワークに対応したメンタルヘルス対策の推進を重要課題とし、これらに対応した手引き『ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて』『テレワークにおけるメンタルヘルス対策のための手引き』を公開したことを報告しました。
髙倉氏は、「産業保健スタッフ以外にも、社員のメンタルヘルスに関心をもつメンバーを社内で増やすことで、未解決の問題を教えてくれたり、新たな情報が得られたりする。産業保健の推進には、社内・社外ともに関係を構築することが必須。現場と厚生労働省も連携して産業保健のレベルを上げていくために今後も協力いただきたい」と参加者に呼び掛けました。
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第30回日本産業ストレス学会は、2022年12月2日(金)~12月3日(土)に一橋大学一橋講堂にて開催予定です。
※本記事は、『産業保健と看護』14巻4号に掲載されたものに一部加筆を加えています。
(取材・文/こころJOB編集室)