わたしのヒストリー|主役である相談者を影から支える
JA徳島厚生連 吉野川医療センター
地域連携室 臨床心理士
平田順子
いまの働きかた
一般総合病院の心理職として勤務しています。身体の病気を持つ患者さんやそのご家族と会い、病(やまい)と共に生きることを支えたり、こころのつらさが身体に現れている人の心理支援を行っています。
予防的な試みとしては、妊産婦のこころのケアにも力を入れています。出産後の母子全員に、産後うつの予防や育児支援につながるような関わりをしています。
また院内の職員のメンタルヘルス相談も担当しています。毎年4〜5月には新規採用者全員を対象に心理面接を実施し、困ったときの相談先の一つとして機能するよう働きかけています。
心理職を採用してまだ2年目の病院なので、どのようなことに貢献できるか、医療チームの一員としてどうあるべきか、院内のニーズを拾い出しながらまだまだ模索中というのが正直なところです。
心理職をめざした理由
実は「ものすごく心理職になりたくてめざした」ということではなく、元来の新しいもの好きの性格が関係していると思います。進路選択の時期にこういう仕事があるということをドラマで知ったことと、高校時代とくに得意分野がなかったので新しい職業なら興味をもてるかもしれないと思ったことがきっかけです。あとは学校帰りに毎日のように友人とおしゃべりする中で、友人関係や性格について分析していたことも影響しているかもしれません。
大学では一般的な心理学を学びましたが、今のように臨床心理士のための大学は少なく、私の学部では卒業後多くの同級生たちが企業や公務員への道を進んでいきました。大学4年生の春になった時点でも進路はとくにイメージできていなかったのですが、一般企業に就職はしないという消去法から、とりあえずは心にひっかかっている臨床心理士の道を進んでみようと思ったのです。まだ「絶対になりたい」と思うこともなく、「気になるので進んでみよう」というくらいの気持ちでした。ダメなら他の道を探せばいいし、それまではめざし続けてみようと思ったのです。
その後なんとか臨床心理学の勉強ができる大学院に進学しましたが、ここでの2年間は私にとって修行のような厳しい日々でした。臨床心理学では人と関わる時の視点や捉え方を学習しますが、知識だけでは成り立たない分野です。まず自分を知ることや自分と向き合うことが、授業や事例検討会、ゼミのなかで繰り返し求められました。今まで、自分の外側にある価値基準を疑問視することなく安易に受け入れ、その場からはみ出さないよう周囲の求めに合わせ、ソツなく生きようとしてきたことに気付かされました。自分の外側に向けていた視点を内側に向ける作業はとてもエネルギーが必要で、なかなかうまくいきませんでした。
大学院で担当を任された心理面接では、言葉と言葉以外のやりとりのなかで紡がれるものを繊細に読み取ることが求められ、目に見えないこころの動きに惹かれる一方でそれを扱いきれない自分の力不足をことあるごとに突き付けられ、常に劣等感を感じていました。それは今でも持ち続けている気持ちです。
実際になってみて
実際に仕事に就いても、力不足を感じることばかりで余計に悩みが深くなったと思うこともあります。こころは矛盾や葛藤で満ちていて、簡単に割り切れるものではありません。しかし社会適応するためには、自分の感情を置いて、ルールに則って生活していかなければなりません。大丈夫と思ってもまた別の問題が発生し、大変だと大騒ぎしてもふと楽になることもあります。人は葛藤を抱えながら、折り合いをつけて生きていると、この仕事を通じて実感します。
すべての人がこのようなプロセスを辿るわけではないのですが、自己理解が深まったり少しだけ新たな発見があったり、絶望の中に少しだけ光を見出すことができたり、そうした相談者の変化を近くで見守ることができる。そういうことを仕事にしているありがたさを感じています。
これから
総合病院での心理職の仕事は、他の医療スタッフの仕事と違って目に見えにくく効果もわかりにくい仕事です。しかし治療にもケアにも携わらない「聴く」ことの専門家に会うことで、患者さんやご家族が自分のこころの内を見つめ、自己理解を進めることができると思っています。
今は患者さんが主体的に治療方法を自己選択できる時代です。自分のために必要ならば治療を受け、生きる道のために治療を受けない選択もあります。しかし、十分に理解できない病状説明でも、医療の素人である患者さんは権威的な医療現場の雰囲気に圧倒され、よく理解できないまま流されてしまうことも多いです。主役であるはずの患者さん自身が医療現場で疎外感を感じることも少なくないのです。
心理職としては、そんな患者さんやご家族に寄り添い、迷いや不安、怒りを受け止め、ともに悩むことで、少しずつ本来持っている力を取り戻していくサポートができればと考えています。
身体の痛みはこころの痛みとつながっています。治療を受ける患者さんは身体とこころを切り離せません。院内では、こころと医療をつなぐ心理職の専門性を伝え、スムーズな多職種連携ができる関係性を築いていきたいと思っています。
医療が進歩し治療可能な病気が増える今後を考えると、総合病院のなかで身体の病気を持つ患者さんに心理職が貢献できることはまだまだあると考えています。
心理職に就きたいと思っている学生へ
良いことも悪いこともたくさん経験を積んでください。心理学の道を志すのであればどんな経験も糧になります。このようなことは、すでに言い尽くされたことで、若いころにはよく実感できないかもしれません。しかし、さまざまな場面でそのつど自分の心の声にしっかりと耳を傾けることは、他者理解につながる大事なことの一つだと私は考えています。
人の役に立つ仕事がしたいと思ってこの道をめざす人もいるかもしれません。それがいちばんの動機ならほかの対人援助職に就くことをおすすめします。心理職は影から人を支える地味な仕事です。実際に行動するのは相談者で、その人自身が問題解決できるように支援することが基本です。「良い方向に進んだのは自分の頑張りがあったからだ」と相談者自身が感じられるようにすることが、心理職らしい支援だと諸先輩方から教わりました。
1週間のスケジュール
とくに毎日決まったスケジュールはなく、患者さんへの心理支援、職員へのメンタルヘルス相談、研修や会議などを適宜行っています。