健康保険組合の保健師として企業とのコラボヘルスを実現するために|産業保健の現場から

本連載では、産業保健の現場で働く保健師の皆さんのこれまでの歩みとともに、産業領域における看護師・保健師の役割ややりがい、実際を紹介いただきます。


デパート健康保険組合
保健学修士(MHSc)
保健師・看護師・養護教諭・衛生管理士・介護支援専門員・ヘルスケアリーダー
冨山紀代美

健康保険組合の課題の変化

皆さんは、健康保険組合をご存じでしょうか。事業所の新入社員研修などで尋ねると、「なんとなく聞いたことはあるけど、何をしているかはわからない」「病院で見せる保険証を発行しているところ」などの答えが返ってきます。

病院で利用する保険証の発行や受診した際の医療費の支払い、病気やけがで仕事ができなくなったときに給与の約6割を負担する傷病手当金の支給。これらはもちろん健康保険組合の重要な業務ですが、そういった仕事は一面にすぎません。健康保険組合のもう一つの事業が、保健事業です。

2015年度に日本再興戦略の重要施策の一つとして「国民の健康寿命の延伸」が掲げられ、レセプト(診療報酬明細書)や健診データなどの分析にもとづき、科学的なアプローチによるPDCAサイクルで、効果的・効率的な保健事業を実施すること(データヘルス計画)が健康保険組合に求められるようになりました。

また、「未来投資戦略2017」では、企業と保険者連携の「コラボヘルス」により、データを活用した健康づくりに取り組むことも義務化されました。保険者による、データを活用した健康づくり・疾病予防・重症化予防、健康経営が推進されています。

企業自らの成長とともに、従業員の健康を経営課題とする「健康経営」に取り組むこと。健康保険組合と企業がコラボで進めることが課題となりました。

具体的に行っていること

筆者の所属するデパート健康保険組合の加入企業とコラボヘルスに取り組むための重要なポイントを3つ紹介します。

保健事業は、企業側の健康管理・健康づくりに対する意識と理解の上に成り立ちます。さらに、それを継続することも課題です。

そのためにできるのは地道な活動の積み重ねです。保健師は、他のスタッフ(管理栄養士や事務職)と連携をとりながら、各企業のニーズに沿った形でアプローチしたり、信頼関係を構築したり、健康づくりの土壌を築いています。

 

①キーパーソンとの連携 ~コラボヘルスの第一歩~

キーパーソンとの連携は、企業に対する保健事業の推進で最も重要だと考えます。

健康経営の推進にはボトムアップとトップダウンの両軸が欠かせません。実働部隊となる担当者(ボトムアップ)と、組織を動かす経営層(トップダウン)という2人のキーパーソンを見定め、保健師などが保健事業への理解を得るべく働きかけていきます。

ボトムアップ側では、キーパーソンとなりそうな担当者に保健事業説明会など各企業の担当者が集まる場で声をかけ、特定保健指導・重症化予防対策・喫煙対策・メンタルヘルス対策など、企業の課題に合わせたテーマで保健事業を提案します。その際に、各企業の課題を「健康情報BOOK ▲▲▲企業版」と称した健康状態や医療費などがわかる資料にまとめ、ツールとして利用しています。

キーパーソンを通じ、健康保険組合と企業が、目的や価値観を共感できるようになると、互いの立場からその後の保健事業をうまく回すことができます。

保健事業を実施した効果がみられ、「最初は多少手間がかかるように思ったが、健康保険組合と上手に付き合い、コラボで活動するとさまざまな面で得だ」と、最終的に企業側が思うレベルまで持っていく。そうすれば、コラボヘルスの第1段階が成功といえるでしょう。

ちなみに、健康教室などをコラボで開催する際には、キーパーソンの活躍の様子を「見える化」するよう心がけています。

たとえば健康保険組合が年数回発行する機関誌に企業の特集を組み、インタビュー取材を人事担当者の顔写真付きで大きく取り上げます。

すると、ふだんは機関誌を読まない従業員からでも「読んだよ、よかったよ」などの反応が見られることがあります。

さらに、「意識の高い上層部と従業員の頑張りでスムーズな業務が実現した」などと記事に書かれていると、それを読んだ上層部や従業員が自分の会社を誇らしく思い、従業員満足度につながることもあるでしょう。そして、活動内容が社内や上司から評価されるとモチベーションが高まり、キーパーソンに対する評価も高まる。企業価値の向上にもつながります。

企業自体の価値を上げたキーパーソンには、健康保険組合加入の同業他社が集まる場でプレゼンテーションを行う場を作ります。こうすることで、キーパーソンには達成感や成功体験が生まれます。プレゼンテーションを聞いた同規模の企業担当者は「自分の会社でもできるかもしれない」という意識が持てるようになります。

トップダウン側へのアプローチは、キーパーソンの活躍によって保健事業がうまく導入できたタイミングを見計らって経営層にアプローチできるよう橋渡しをしてもらいます。

ただ、経営層にわたしたち保健師が会えるのは多くて数回、会えない年もあります。そのため、経営層に会えるときはさまざまな情報収集をして臨みます。

企業ホームページから企業理念や沿革、経営状況や株価・最近の事業方針や新規事業などの取り組みを、専門新聞や業界紙・インターネット記事から最近の業界の様子を、商店街や店舗のチラシなどから現場の様子の情報を把握します。その企業の保健指導などで得られた従業員の生の声も効果があります。場合によっては経営層の趣味や好みも把握します。

 

②健康保険組合保有データによるエビデンスの構築~データヘルス計画につなげる~

デパート健康保険組合では、各企業側が関心をもつデータを10年以上前からさまざまな形で提示してきました。

喫煙対策では、「同業他社との喫煙率の比較」「対象企業の特定保健指導対象者数は、喫煙者が非喫煙者の3倍であること」「男性喫煙者が禁煙したある年の医療費は、入院医療費が7倍になった(喫煙による入院を伴う疾患のため、禁煙を余儀なくされることが考えられる)こと」などを提示しました。より具体的なデータの算出を心がけています。

ある企業では、全従業員を対象としたアンケート結果を実施しました。このアンケート結果が従業員の声として、経営者に大きなインパクトを与えることができました。

別のある企業では、喫煙とストレスや生活習慣を分析した結果、喫煙者は有意にストレスが高いことなどを伝えました。その結果、喫煙対策にとどまらずメンタルヘルス対策の保健事業に展開できることもありました。

 

③健康管理体制を維持させるための組織作り

キーパーソンとなる担当者が異動などで変わることもあります。個人に依存せず、企業が持続できる健康管理体制を構築し、保健事業が単発で終わらないようにすることが大切だと感じています。

持続可能な組織として望ましいのは、企業側の安全衛生委員会です。

人事・総務、産業医・産業保健スタッフ、労働組合や共済会などと定期的な会議を行い、健康保険組合スタッフはオブザーバーとして参加します。一緒に協議することが重要だと考えます。

保健事業を、ただ単に “打ち上げ花火“ 的にやったということではなく、健康管理に関連するスタッフが一堂に会した場で検討し、それを議事録に残すことなどの地道な活動が保健事業の継続を生むのだと思います。企業として実施するに至るまでの経過や目的、結果をきちんと記録に残すことが、保健事業の継続に非常に大切です。

産業保健に携わりたい看護師・保健師へのメッセージ

産業保健の中に、健康保険組合も含まれるのかと思われた人もいることでしょう。以前と違い、健康保険組合での保健師の仕事は国の中でも年々重要化し、かつ大変やりがいのあるものになっています。

ぜひ、就職先の一つとして検討してみてください。医療費の適正化や企業の健康経営を目指し、一緒に働いてみませんか? 

 

~略 歴~
行政保健師を経て、
1994年~2000年 雪印乳業健康保険組合 本部及び本社
2000年~2004年 開業保健師(東京ガス健保、新東京国際空港健保等)
2004年~     デパート健康保険組合
2012年      筑波大学大学院修了 現在に至る

 


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