わたしのヒストリー|心をつなぐ中立の立場
東邦大学医療センター大森病院
新生児科 臨床心理士
大槻絵理子
いまの働きかた
総合周産期母子医療センター(以下、周産期センター)というハイリスクの妊婦や赤ちゃんが入院する病棟の心理士として働いています。母体胎児集中治療室(maternal fetal intensive care unit;MFICU)と、新生児集中治療室(neonatal intensive care unit;NICU)を備えており、母体と新生児搬送の常時受け入れや、母体の救命救急への対応、ハイリスク妊婦に対する医療、高度な新生児医療を担っています。
心理士は予期せぬ出来事に傷ついている患者さんや家族の心のケアに携わっており、出生前からエコー検査に同席して胎児の状態を家族と共に見守ったり、病棟のベッドサイドや個室でお話をうかがっています。医療に直接携わらない心理士だからこそ話せることもあるため、家族に近い目線でその時どきの心の状態に合わせてお会いしています。
そのほか、退院後のフォローアップ外来で発達検査を行っています。子どもの発達状態や特徴を家族にわかりやすく伝え、日々の育児に役立つよう助言します。
また、不安を抱えながら育児されている家族も少なくないため、育児相談として個別にカウンセリングを行うなど、出生前からNICU退院後まで継続的に赤ちゃんと家族の支援に携わっています。
心理職をめざした理由
高校生のころ、自分にできることは何なのかを考えるなかで、「自分を磨かなければ何者にもなれない!」という思いに至り、たくさんの人と関わる接客の仕事をしてみようと思い立ちました。年代も職業もさまざまなお客さんと接するなかで、楽しいこともあれば失敗することもありました。そのような経験から、人それぞれ好みや価値観が異なることや、コミュニケーションの取りかたも多様であることを学び、人の心について学んでみたいと思うようなりました。
その後、ある介護施設で認知症の方々と話をする機会がありました。相手の何気ない言葉にも真剣に耳を傾けていると、言葉は次第にいきいきとした語りになっていくのが印象的でした。
ある女性と会話をしていた際、その女性はふと私の目を見つめて、「あなたの目、その目を大切にね」とぽつりと語られました。私は一瞬、何のことかと考えましたが、相手と向き合う気持ちが言葉や態度から伝わり、互いに気持ちが通じ合えた瞬間だったのかもしれないと思っています。
これらの経験がきっかけとなり、心理学を学び、職業にしたいと思いました。
実際になってみて
「役に立ちたい」という思いがあっても、学問の知識だけではどこからどうすればよいのかわからず模索する日々でしたが、とにかく目の前の相手と真剣に向き合おうという謙虚な気持ちを持ち続けることが大切だと思いました。そのような気持ちで仕事をしていると、少しずつ心理士としての役割や働きかたが見えてくるように思います。
私の働く周産期センターでは、集中治療を受けている赤ちゃんがたくさん入院しています。赤ちゃんの誕生や、親子の関係性が育まれていく場に立ち合える喜びがある一方で、緊急搬送や手術など、緊迫した状況になることは日常的です。
藁にもすがる思いで赤ちゃんを見守る家族に寄り添うのはたやすいことではありませんが、なくてはならない支援だと思います。時に治療がうまくいかず、医療スタッフの心にも不安や焦りが生じることがあります。そのようなときこそ、今何が起こっているのかを見極めながら、家族とスタッフの心が離ればなれにならないよう、中間の立場で居続ける心理士の役割は重要だと感じています。
これから
心のケアについての意識が社会で高まりつつあるなか、公認心理師という国家資格が創設されました。心理士の活動の場はさらに拡大していくのではないかと思います。
そのため、いろいろな領域についての知識を養うとともに、他職種との連携が重要になると考えます。周産期医療の領域においても、医師、看護師、助産師、ソーシャルワーカーなどさまざまな職種と連携して赤ちゃんと家族の総合的なサポートをめざしています。
また、先端医療の現場においては、通常の妊娠や出産に伴う不安だけでなく、数少ない病態ゆえの不安や孤独感を抱くこともあります。医学的な治療と並行し、心のケアを多職種と連携して行っていく必要があると考えています。
心理職に就きたいと思っている学生へ
心理士は人の心を操る仕事ではなく、心を使って人を理解し、支援していく職業だと思います。そのため、自分自身の心を磨き続けることが大切です。「自分を磨かなければならない!」と高校生の私が思ったことは、これからも続いていきます。
映画や音楽、読書、運動などできることからいろいろな体験をして豊かな感性を養っていきましょう。人との出会いや経験のすべてが、この仕事に生かされていくと思います。