第1回 産業領域の心理支援:よせられる相談とは?会社との関わりは?|はたらく人を支援する心理学
公認心理師の活躍は産業分野においても期待されています。この連載では、産業分野の心理支援の特徴や面白さについてお届けします。
一般社団法人心理支援ネットワーク心PLUS
コンサルタント 大林 裕司(公認心理師・臨床心理士)
(執筆協力:同 アソシエイト 坂木 琴音)
はじめに
筆者は、職場のメンタルヘルス対策を外部から手伝う仕事をしています。いわゆる 「EAP(Employee Assistance Programs)」、日本語では「従業員援助プログラム」とよばれるサービスです。
専門機関として企業や団体(法人)と契約し、サービスの対象はそこで働く従業員とその家族です。具体的には、カウンセリング(対面のほか、電話やメール、オンラインでも対応します)や職場環境改善のコンサルテーション、ストレスチェックなどを提供します。
当法人ではもう1つ事業を行っています。産業領域の心理支援に興味・関心を持つ学生(あるいは働き始めて間もない方)を対象に、インターンシップ(実習)の受け入れをしています。実際の現場を見て、時には直接業務にも関与してもらい、実践と学びの場の両立を目指す取り組みです。
筆者自身、学生時代に恩師の紹介でEAPの専門機関でのインターンに参加し、そのままその機関に採用いただいた経緯があります。恩師の先生方から、「産業領域でもっと学生が実践的に学べる場をつくらないか」と誘われたことがきっかけで、一緒にこの事業を起こし、今に至っています。
ちなみに、産業分野で働く臨床心理士の割合は、2016年の日本臨床心理士会の調査によると、たったの3.9%です1)。産業領域について学生が実践的に学べる場所が豊富にあるとはいえません。
自分自身のインターン経験が学びの多い充実したもので、なにより楽しくもありました。同じような機会を提供できたらという想いで、事業を継続しています。
本連載では、業務に関わるインターンの学生たちとの日頃のコミュニケーション(相談にのったり、質問を受けて説明したり)をヒントにしながら、産業領域の心理支援の実際について考えていこうと思っています。
なお、産業領域の心理支援の仕事は、職場のメンタルヘルス対策だけでなく、転職や失業されている方の支援といったキャリアカウンセリングに関わるものや、リサーチやコンサルティングによる組織的な支援など多岐にわたります。今回は、主に職場のメンタルヘルス対策について取り上げます。
産業領域の心理職の仕事とは?
産業領域の心理職というと、働く人からの相談に対応するカウンセラーのイメージが強いかと思います。ですが、実際には以下のように、相談を利用してもらうための啓発活動や研修、ストレスチェックの実施など、多様な取り組みを行っています。
【EAPサービスプログラムの例】
1.電話・メール・対面によるカウンセリングと専門機関の紹介(対象は、従業員とその家族)
2.マネジメント・コンサルテーション(人事担当者や管理職への部下への対応に関する専門的助言)
3.サービス利用促進のためのプロモーションや利用方法のオリエンテーション
4.研修・セミナーの企画・実施
5.危機介入(災害や自殺などの事故発生時など)
6.職場復帰支援
7.EAPの利用傾向報告と組織的改善策の提案
8.ストレスチェックの実施
※上記のようなサービスをパッケージとして、年間契約にて提供することが多い。
とりわけ「職場復帰支援」と「ストレスチェック」は、産業領域の特徴的な支援だと思います。
職場復帰支援は、メンタルヘルス不調などが原因で仕事を休むことになった労働者が、体調を整えて、仕事に復帰できるようにサポートする取り組みで、厚生労働省からも具体的な手引きが示されています2)。そのプロセスでは、多くの関係者と連携を図ります。上司や人事担当者、産業医などの産業保健スタッフ、主治医、場合によっては、ご家族や労務的な観点から弁護士や社会保険労務士などとも連携します。
ストレスチェックは、労働安全衛生法で制度化されたものです。医師・保健師のほかに、研修を受けることで、看護師・精神保健福祉士・歯科医師、そして公認心理師が実施できます。調査・研究的な視点と、職場環境改善のためのコンサルテーションのノウハウなどが求められます。
しかし、見学にくる学生は、このような産業領域の支援の特色があまりイメージできないようです。その大きな要因は、多くの学生が「(フルタイムで)働いたことがない」からでしょう。また、労働に関しての教育が、日本では不十分なことも要因の1つとして考えられます。厚生労働省もこのような点を課題として考え、労働条件ポータルサイト「確かめよう労働条件」(https://www.check-roudou.mhlw.go.jp)を開設し、教育の必要性を指摘しています3)。
「働く」ことへの支援
産業領域における支援で、決して忘れてはいけないことが1つあります。それは、「働く」ことにフォーカスすることです。これは、EAPサービスの目的が「パフォーマンスの向上」にある点とも重なる考えです。
困ったことがあったとき、早めに専門家に相談することでスムーズに問題解決を図ることができます。そのためには、積極的に相談してもらえるように、利用者に対する定期的なPR活動が重要です。
相談も、仕事だけでなくプライベートな内容にも対応していきます。EAPの枠組みでは、相談サービスの利用対象に家族も含まれており、従業員の子どもからの相談を受けることもあります。
その対応では、相談者をサポートするための環境を整えることが重要になります。これを「コミュニティアプローチ」と言います。
先述したように、職場の関係者に加えて、場合によっては家族とも積極的に連携を図ります。もちろん前提として、相談者にはそのメリットなどを説明し、情報共有の同意をとって進めていきます。
産業領域の心理支援にも前述したようにさまざまな領域があり、1対1のカウンセリングのみが求められる場合もあります。ですので一概には言えませんが、EAPにおいては、環境を整える役割が重要になると考えています。
産業領域の心理職によくある葛藤「会社と相談者個人(労働者)と、どちらの立場に寄り添うのか」も、“ 働く ”という視点にフォーカスすることで、支援の方向性を定めることができます。
働く人の支援には、その人が働く職場の支援が当然含まれます。会社が潰れてしまっては、働く場所を失ってしまうわけですから。したがって、職場のリスクマネジメントの視点も有しておかなければなりませんし、従業員がいきいきと働ける職場環境づくりの支援も大切なことです。
営利組織としてのサービス提供という視点
もう1つ、特徴的な要素は、EAPは外部からお手伝いをするサービスのため、契約した企業・団体から対価をいただいて「サービスを提供する」ことです。顧客となる企業・団体は、サービスが支払った料金に見合ったものであるかを考え、他社のサービスとも比較しながら、契約について定期的な見直しを協議することになります。その判断には、どれくらい自社の従業員が利用しているかという点も重要な要素となるため、利用促進のための積極的なPR活動が求められるのです。
利用促進には、電話やメールなどを活用し、相談しやすい環境を用意することが重要です(現在、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、いわゆるオンライン相談の要望が急速に高まっています)。さまざまな相談にワンストップで対応し、多様な専門家との連携を図ることで、相談者の負担を軽減しながら問題解決につなげていきます。
このような考え方は、経済的妥当性という評価の視点を持ち続けることを意味しています。民間の営利活動である以上、同業他社はもちろん、他業種との競争にさらされており、契約を続けてもらう努力が必要になります。つまり、「どうすれば顧客のニーズに応じられるか?」を継続的に考えていかなければいけないわけです。
このように産業領域では、個人だけでなく、職場そのものもクライアントであると考えられます。その多様なニーズを理解して、心理学の専門性を活かしながら有益な支援・最適解を模索していくことに、産業領域における心理支援の魅力があるように思っています。
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次回は「専門家としての情報提供」について解説します。
引用・参考文献
1)一般社団法人日本臨床心理士会.第7回「臨床心理士の動向調査」報告書.2016.https://www.jsccp.jp/(2020年8月3日閲覧)
2)厚生労働省.改定:心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き〜メンタルヘルス対策における職場復帰支援〜.2004.
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/101004-1.pdf(2020年8月3日閲覧)
3)厚生労働省.『働くこと』と『労働法』~大学・短大・高専・専門学校生等に教えるための手引き~.2018.
https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/daigakumukeshiryou/index.html(2020年8月3日閲覧)
著者プロフィール
目白大学大学院心理学研究科修了後、EAP専門機関にカウンセラー・コンサルタントとして勤務。 カウンセリングによる勤労者とその関係者への心理支援に加え、ストレスチェックなどの調査データの 分析・レポーティングや、職場へのメンタルヘルス対策の導入・展開、より良い職場環境づくりなどの コンサルティング業務に従事した後、現職。
専門:産業メンタルヘルス全般・EAP・応用行動分析学・コミュニティ心理学
取得資格:公認心理師・臨床心理士
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