わたしのヒストリー|助産師から心理学の世界へ

社会福祉法人恩賜財団 済生会横浜市東部病院
臨床心理士/助産師
相川祐里

助産師でした

私は看護学部を卒業後、総合病院の内科と産科で6年間、看護師・助産師として勤務しました。そしてそののちに、臨床心理士になりました。

看護の仕事は、責任の重い仕事です。誰でも新人のころはわからないことや失敗もありますが、医療の世界でそれは許されません。新人でもベテランでも専門職として患者さんのそばで働く限り、その人の命や健康に対して責任を持つことになります。

相手の生命を預かっているという強い緊張感にさらされながら、昼も夜も働く不規則な勤務を続けていると「どうしてこの仕事をしているのかな?」「辞めてしまおうか」と考えることもありました。ただ大変な仕事ですが、そのぶん関わった人から喜ばれたり感謝されたりする仕事だと感じながら、どうにか看護の仕事を続けていました。

そうしてしばらくすると、私にも少し自分の働きかたを振り返る余裕ができ、「もっと患者さんやご家族にとって、良い関わりができないか?」という気持ちがわいてきました。

失敗して考えた

そのころ、一人のお母さんと出会いました。妊娠中からほかのお母さんたちと比べて表情が暗く、口数が少ないので何となく気になるかたでした。

しばらくするとそのかたにも陣痛が来て出産となり、元気な男の子が誕生しました。入院中は面会に来た家族と写真を撮るなどうれしそうに過ごしていたので、やはり妊娠中はしんどくて大変だったのかなと思いました。

しかし1カ月健診で再会した彼女はげっそりと痩せていて、病院に来るのも大変な状態でした。焦った私はとにかく励まそうと思い、「子育てを楽しんでくださいね」と言いました。そんな私に彼女は、「どうやって楽しめばよいのですか? 毎日、暗いトンネルの中に閉じ込められている気分なのに……」と涙を流して訴えました。

私は、お母さんは皆、赤ちゃんと一緒にいられてうれしいはず、いちばん幸せな時間を過ごしていると思い込んでいたので、その言葉にとてもショックを受け、どう返事をすればよいのかまったくわかりませんでした。

助産師から臨床心理士へ

このようなときに何ができるのだろう、どうしたらよかったのか。ずっと考えても答えは見つかりません。職場の先輩や同僚に聞いても、これだという答えはもらえません。

悩んだ私は、卒業した大学の先生に相談に行きました。すると先生は、「看護の知識だけでは、その人とどう接したらよいのかという答えを見つけるのは難しいかもしれない。心理学を学んでみてはどうか? 臨床心理士という仕事を知っているか?」と言いました。

看護学部でも心理学の授業はあり、学問としての心理に関する知識はありました。しかし、このとき初めて、それを臨床の現場で活用しようとするのが臨床心理士の仕事だと知りました。そしてもしかすると、そこに私の悩みに対する答えがあるのではないかと考え、心理学の大学院へ進学することにしました。

大学院を卒業後は、大学病院精神科で研究生として学び、その後は臨床心理士として働いています。

今の職場では主に助産師だった経験を生かし、周産期領域専門の心理士として、産後うつ病から虐待対応まで幅広い領域で、患者さんやその家族に関わっています。

臨床心理士として今、もう一度出会ったら

妊娠中から気持ちが落ち込んでしまうと、出産後も気持ちが軽くならない傾向があります。これは最近のお母さんたちに急に起こっていることではなく、今までもずっと同じだったのでしょう。ただ以前の私と同じように、周囲の人は「お母さんは幸せなはずだ」という思い込みがあるので、お母さんの苦しみは気づかれにくく、その結果として自殺してしまったり、子どもが虐待されたりします。

そのようなできごとが後を絶たないこともあり、やっとこの領域でも心のケアが大切だという認識がされつつあります。

私もあのときのお母さんにもう一度出会えたならば、妊娠中から気になるかたとして自分から声をかけ、産後に気持ちの落ち込みが強くならないよう予防的に関わることができるかもしれません。また、よかれと思ってかける言葉も、相手の置かれた状況を想像しないまま安易に発すれば、かえって傷つけてしまうことも知りました。そのぶん、以前よりは、言葉に責任と配慮を持って働けるようになったのではないかなと思っています。

これからのあなたへ

「公認心理師」という心理職の国家資格もできます。今後は医療や学校、職場などさまざまな領域で、心理の専門職がさらに活躍するようになるでしょう。

しかし学校を卒業してすぐに、心の専門職を目指す決心がつかない人もいるかもしれません。実際、私と同じように、ほかの仕事をした後に心理士になる人も多くいます。多様な人の心に寄り添う仕事は、自分自身もある程度の人生経験を経たほうがやりやすいこともあります。

自分の経験を踏まえ、これからの皆さんにお伝えできるのは、心の専門家は皆さんの経験がいつでも生かせる領域であるということです。学校を卒業してすぐに心理の仕事を選択しなかった場合も、キャリアの途中でこの領域に興味を持ったことを思い出したら、そこからあらためて職業選択の一つとして検討してみてください。

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