「働くこと」を真剣に考える仕事|New Wave!産業分野で活躍する心理士たち
「New Wave!産業分野で活躍する心理士たち」では、産業分野で働く心理士に焦点をあて、働き方の実際や取り組みを紹介します。
一般社団法人心理支援ネットワーク心PLUS
コンサルタント/カウンセラー
玉澤 知恵美
産業分野の心理職をめざした理由
産業分野で働く臨床心理士の割合は、日本臨床心理士会の2016年の調査によると3.9%でした1)。医療や教育などの分野で活躍する臨床心理士の数と比べると、かなり低い数字です。その分、実際にどのように働いているのかが見えにくく、とっつきにくい分野だと思われているのかもしれません。
今回の連載を通じて、少しでも産業分野で働く心理職のイメージをつかんでほしいと思っています。
筆者が産業分野に興味を持ったきっかけは、学部生のころに受けた臨床心理学の授業でした。
講師の先生が心理職はどのような分野で働いているのか紹介したとき、「心理職というと、学校や病院がイメージしやすいと思うけど、会社の中で働いている人もいるんだよ。今は働いている人は少ないけど、これから伸びる分野だと思う」と話されました。
大学院の受験を考えていたときに思い出したのがこの言葉でした。また、多くの人の生活に心理学の知識を活かしてもらえるよう支援したい思いもあり、筆者は産業領域について学べる大学院へ進学しました。
実際の業務
勤務先や雇用形態によって大きく変わると思いますが、筆者の場合の1日の流れを紹介します。
10時 出社 ストレスチェック業務 12時 昼食 13時 電話カウンセリング 14時 記録、入力作業 15時 取引先との研修打ち合わせ 17時 帰社 研修資料作成 18時 退社 |
上記のように、カウンセラーとしての時間だけではなく、取引先に直接行って担当者と打ち合わせをすることもあります。ほかに、資料作成、ストレスチェックに関わる業務など、営業的な動きから事務作業まで、業務内容は多岐にわたります。心理職で営業というと驚かれることもあります。しかし、筆者はカウンセリングに臨む姿勢と、取引先の方と話す姿勢は同じだと考えています。ですから、特に切り替えに悩むといったことはありません。
他領域に比べると、クライエントと接する時間が少ないように思われるかもしれませんが、産業領域においては従業員個人だけでなく、企業全体をクライエントと捉えることもあります。また、企業を支える人事の方や、産業保健担当者の方とのやりとりも非常に重要です。
個人をみるだけでなく、組織全体についてを考える視点を養えることも産業領域で働く大きな利点だと思います。
産業分野の心理職として大切にしていること・やりがい
個人カウンセリングの中で、「話してよかった」などと言っていただけることももちろんですが、コンサルテーションで関わった取引先の方から再度依頼があったときは、これまでの関わりから信用してもらえたのだなと、とてもうれしく感じます。
同様に、研修実施後や、ポスター作成後に依頼が増えると、やったことへの手応えを実感します。
産業分野で働くうえで難しいのは、企業にとっても利益となり、従業員個人にとっても利益となる。そのバランス感覚が必要とされる点です。
さまざまな立場の方から話を聞き、整理して、全員にとってこれでよかったと思える方針を立てるのは容易ではありません。しかし、それができたときには自分の能力に自信が持てると同時に達成感もあります。
会社や組織というルールで動く側面と、一人ひとりの思いをくみ取って動くこと。その両立はとてもとても難しいことですが、その分やりがいにつながりまます。
産業分野の心理職の魅力
企業の方は、メンタルヘルスに関する専門家ではないことがほとんどです。そのような方々に向け、メンタルヘルス対策の重要性や精神疾患を理解してもらえるよう説明することで、メンタルヘルスの有用性を感じていただき、契約が増えたり利用したりしてもらえるのは産業分野で働く醍醐味です。
どの分野であっても、各専門家や関係者と連携することは非常に重要ですが、さらに産業領域では利害関係を含む複雑な関係性の中で、企業、従業員個人をそれぞれ支援していきます。
人生の中でも大きな割合を占める「働くこと」を直接扱い、転職やキャリア選択など生活に影響を与えることを支援する責任は重大です。しかし、働くことを真剣に考えるなかで、そのクライエントが生きることを見つめ直す瞬間に立ち会えるのはとても魅力的な点だと思います。
また、個人的な話にはなりますが、いろいろな働き方を知ることができ、その職に誇りをもって働く方の話を聞く機会は、筆者にとって大きな魅力です。
冒頭でも触れたように、産業分野で働く心理職の数は少ないです。しかし昨今の働き方改革の導入や、企業でのメンタルヘルス対策が重視されるようになり、心理職が必要とされる分野となっています。
カウンセラーというと、一対一のカウンセリングを行うイメージが強いかもしれませんが、産業分野では幅広い業務があるため、さまざまな能力を活かしながら働くことができます。
産業分野の心理職に少しでも興味を持っていただけるとうれしいです。
引用・参考文献
1)第7回「臨床心理士の動向調査」報告書.一般社団法人日本臨床心理士会.2016.https://www.jsccp.jp/(2020年1月閲覧)