【Report】京都文教大学 産業メンタルヘルス研究所10周年記念講演会
研究所の未来に向けて:組織と脳の深い関係
産業界で活躍する心理士の育成を志す
川畑直人先生(京都文教大学 産業メンタルヘルス研究所所長)は、研究所の歴史を簡単に振り返り、同研究所が取り組む「産業心理臨床家養成プログラム」と「組織心理コンサルテーション」を紹介した。
設立当時、産業分野を専門としていた臨床心理士は少なく、産業界で活躍する心理士育成のために「産業心理臨床家養成プログラム」を設置。10年間で72名がカリキュラムを受講し、その中から実際に企業で働く心理士も誕生した。受講者は2年間・40コマの授業を受け、企業文化、組織風土、経営的視点といった産業特有の知識習得のほか、少人数でのディスカッションを通じて事例検討や演習なども行う。心理士以外の他職種も在籍しているため、その体験も共有できる。
「組織心理コンサルテーション」では、組織のメンバーの心の動きと、組織のシステム(組織体系や人間関係など)をふまえ、臨床心理学の視点をもって組織改善に向けてアプローチする。同研究所では海外から専門家を講師として招聘し、ワークショップを開催するほか、中小企業診断士との共同勉強会などにも取り組む。
組織と脳の関係
川畑先生は、組織と脳の深い関係にも注目している。人間は進化の過程で協力に基づくコミュニケーション能力を発達させてきた。コミュニケーションにおける共同注意(他者と同じ対象に注目し、情報を共有・伝達すること)には情動をつかさどる脳の部位が関係している。職場とは共同の目的に向かって社員が協力する所であるが、例えば成果が見込めないと感じる仕事を遂行しなければならないとき、本来の自己との解離が生じて強い苦痛を感じるという。このように、産業メンタルヘルスにおいても脳の機能を理解しておく必要性を指摘した。
産業分野に心理士がいるということ
10年間の歩みを振り返って、心理士の専門性は、事例に対する心理的見立ての深さ、組織の問題に対する関心の深さにおいて発揮できると川畑先生は感じている。「産業メンタルヘルスでの最も有効な施策は、やりがいのある仕事・職場を実現すること。これからも働く人々の健康に貢献していきたい」と締めくくった。
産業メンタルヘルスに神経科学を!~脳を守る!高次脳機能障害~
高次脳機能障害とは
中島恵子先生(帝京平成大学大学院臨床心理学研究科教授/高輪こころのクリニック高次脳機能研究所代表)は、高次脳機能障害をもつ人の復職支援について講演した。高次脳機能障害とは、病気や事故が原因で脳が損傷され、言語・思考・記憶・行為・学習・注意などに障害が起きた状態である。しかし障害があったとしても外見から程度を判別することは難しく、家族からの理解も得にくい。さらに「いつもと少し違うがどこが違うかわからない」といったように当事者本人の自覚が少ない場合もある。
背景にある疾患としては①脳血管障害、②脳外傷、③脳炎・脳症があるが、その原因は生活習慣病であったり、道路での転倒であったり、インフルエンザの罹患であったりと、日常生活で誰でも起こりうる。これらは疾患そのものの治療を終えた後、リハビリテーションを経て退院となる。職場に復職する人もいるが、高次脳機能障害が残った場合、以前のように仕事がうまくできないという状況に陥る。そのため、疾患の既往がある人にはスクリーニングの必要があるとし、簡便に実施できるチェックリストを紹介した。
例えば注意障害では、「簡単なミスを繰り返す」「1つのことに長く(5分以上)集中して取り組めない」などが項目として挙げられており、記憶障害・遂行機能障害・社会的行動障害のカテゴリからあわせて2つ以上該当する場合は、専門機関にかかったほうがよいとする。
職場復帰へのサポートとして心理職ができること
中島先生は「同じ脳障害はない」とし、一人一人に寄り添い、本人と家族に障害のことを伝えて励ますことが必要だと話した。心理職の関わりとしては、できること・できないことを本人と確認しながら、心理療法を行い、対人コミュニケーションの工夫や職場環境との調整を図る。その中で、できる仕事を選択する(働き方を変える)提案も行っていく。また、脳の機能回復を目的としたリハビリテーションについても取り上げた。
最後に、「高次脳機能障害は身近に起こりうる障害であるため、自分事としてとらえてほしい」と訴え、産業分野で活躍する心理士は疾患に対する知識を学ぶなど、高次脳機能障害をもつ人の復職サポートにも取り組んでほしいと述べた。
(取材・構成:こころJOB編集室)
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